天日干しのひまつぶし
「どうして空が高いなったのかとか、どうして人のボク達と似てようなかたちをしているかとか。ボクはどうでもいい。でも、君たちに作ったこの...言葉、は、文字は白いものだから」
――あの日海から湧いてきた生物が言う。言葉の一つ一つを、階段を降りるようにして選ぶ姿は滑稽だが、その容姿は奇怪だった。
遠目で見れば人のかたちをしているが、肌にはびっしりと鱗が生え、口角は大きく裂けている。保湿の為にクラゲでクリームのようなものを作っているらしく、その上に包帯まで巻くものだから、なにかの動作をする度に粘着質な音がする。
「言葉が分かって何になる?」なんとなく、棘を含めて聞いた。
すこし間を置いて、うーん、と唸り、手に持ったぐずぐずにぬれた紙きれを凝視して、「とくになし」と言った。
俺たちは今日を生きるのにも必死なのに、こんなやつに、こんな事を言われると全身の気が抜けるようだった。「暇つぶしか?」と言うと、またすこし考えたあと、その生き物は「暇ってつぶしるの?」と返してきた。説明する気は起きない。日は高く、海面を、頭を照りつける。
何も、考えたくなくなった。
日が暮れはじめる頃には、橋にはその生き物だけが残った。陽のとけた海の下からは、1対の目がうっすらと覗いていた。水の中に居ない、自分の仲間が珍しいのだ。
星が空にまたたき始めると、干していた紙に書いてあった文字を読み始めた。昼よりも、動きがはやい。しばらくして、目をとめた。数時間前、男が歩いていった方を見ながら、思い出したかのように、
「あぁ、つぶしてるのかも」と一言こぼした。