結婚式の司会


落研の同期に結婚式の司会を頼まれた。

大学一年からずっと一緒に遊んでいた加藤君は、二年だか三年だが四年だか前に、いまの奥様となる部活の同期と付き合い、いろいろ乗り越え、結果幸せに結ばれた。おめでとう。
その友人ふたりの共通の知り合いである噺家のぼくに白羽の矢が立ったのだ。

まず心から感謝した。もちろん大好きなふたりの門出を祝福したい。
だがそれ以上に「祝儀出すけど司会料で多少は出銭を抑え…」とかは考えていない。おめでたい門出にふさわしくない芸人の本音はこの辺にしておく。


「中西君、一応きみ落語家だからお願いするけど、披露宴の司会できる?」

「うん、もちろん。プロだもん」

「人の結婚式って出たことある?」




「え……うん。あるよ……」




「じゃあ、安心だ。あんな感じで回してくれればいいから」


多少安堵した声となり電話は切れる。今度は僕の心がそわそわした。



人の結婚式、出たことがなかったからだ。



考えてみれば小中高の同級生と誰とも連絡をとっておらず、みんなが集まって「おい、結婚式、てかこれ、同窓会じゃねー」みたいなやりとりを味わったことがない。


いま妄想で、こんなやりとりあるかな、と思って書いてみたが、多分ないかもしれない。


他の落研の同期が結婚式を挙げたときは、前座として絶賛修行中のため顔を出せなかったので、僕にとっての友人第一号の結婚式が加藤くんとなってしまった。

これは困った。友達過多、他人の結婚式通いまくりのかみさんに相談してみる。


「どうしよ、司会、みたことないわ」
「そっか、きみ経験ないのか。ちなみに挙式の司会?それとも披露宴の司会?」
「ん?結婚式の司会、かな」


挙式と披露宴の違いがわかっていない。


「挙式ってほら、基本は親族だけでやる、誓いを立てるやつだよ」
「え?おれ牧師やるの?」

つっこみが渋滞してしまうので言葉を呑むかみさん。

「たぶん披露宴でしょう。見てあげるからやってみなよ。新郎新婦、入場です、から」

「やんの?あー、えー、新郎新婦の入場です。みなさま、ご起立ください」

「だめだよ、なぜふたりが入場して来賓を立たせんの」

「えー、お座り下さい」

「なに立たせたり座らせたりしてんの。そんな権限司会にないから」

「えー、立ち上がらずに、みていてください」

「きみ、おもしろいよ」


一抹の不安を拭えないまま年の瀬、先輩の三朝兄さんに噺を習った。そのあと珈琲をご馳走になっている時にふと閃き、聞いてみた。


「兄さん、結婚式の司会って経験あります?」
「そりゃ一応噺家だからやってるよ。いまの時代は少なくなったけどね」
「ちょっと友達にお願いされて、教えてもらえませんか」


末廣亭の喫茶楽屋でひとしきり教わるが、兄さんのネタと知識は尽きない。お願いして舞台をベローチェに移し、これは終わらないだろうと判断した兄さんはなんと、結婚式一連の流れをひとしきり演って見せてくれたのだ。右を向くと新郎になり、左を向くと新婦になり、噺の合間で司会が出てくる。まさに「結婚式」を一席の落語にして演って下さった。


「これが大体の流れな。あとは『暫しご歓談ください』『ふたりの門出を』『グラスを片手にご起立ください』こんなの言っとけばいいから」


ほか、小咄をふたつほど教わり、汗だくの兄さんは僕の分の珈琲代を払い、店をあとにした。


ありがたかった。落語の稽古のみならず、脇の仕事で使えるものを丁寧に教えて下さったのだ。

ただ、兄さんの熱演にみとれるあまり、一連の流れはほぼ覚えられず、後半みっつの言葉と小咄だけしか頭に残っていなかった。



加藤君へ。




君が選んだ司会は、やたら歓談させて、門出を祝えと要求し、グラスもないのに片手に持つことを強要させてくるだろう。



そんな彼の結婚式は二月後半、僕自身の結婚式は三月半ば。


いちど彼の式を見学して、自分の式にその反省を生かす形になってしまうことを、どうかどうかお許し下さい。

このたびはご結婚、誠におめでとうございます。


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