サプライズ
つながり寄席の主催、天野さんのお力でたびたび福岡で落語会をやらせてもらう。
会をやるだけでなく、送迎からチケットの手配、接待に遊びまで毎回完璧なプランを立ててくれるので本当に有り難い。
靴を舐めろ言われたらすぐに舐めさせて頂くが、靴を舐めろなんて決して言わない人格者、いつもニコニコしている。
その天野さんから北九州での仕事のお誘いが来た。
内容は弟弟子の文太が中心となって開発した「らくごcar」のお披露目公演に出てくれとのこと。
らくごcarのことを説明すると長くなるので割愛するが、要はトラックの荷台が高座になっており、後扉を開けるだけで落語会が開けるのだ。
照明やマイクも搭載されて楽屋も完備、クーラーまでついていて宿泊できるというのだからなかなかに凝っている。
この面白トラックを神社の境内につけて初めての落語会を行うのだ。
「兄弟子として宜しく頼むよ」
別に僕が出ても地元の人が盛り上がるわけでもないのに立ててくださるのはありがたい。喜んで引き受けたのだがひとつ注文が。
「実は内緒で師匠も呼んであるんだ。良いサプライズでしょ。文吾くんがあがる、と見せかけて師匠の出囃子の『三下がりかっこ』が鳴るんだ、きょとんとした文太君を前に師匠登場で一席やって頂く。うん、これは盛り上がるよ。」
なるほど、素晴らしいプラン。
噛ませ犬ではあるが仕方ない、かわいい弟のために一肌脱いでやるかと意気込んだ。
サプライズ、なのだ。
当日はひとりで北九州に入る。師匠は一時間後の便。
会場に行くと出来あがったばかりのらくごcarと少し緊張気味の文太がいた。
そりゃそう、テレビや新聞の取材も入った本格的な披露目に気合いも入る。
「兄さん今日はよろしくお願いします」
「うん、よろしく」
「まず兄さんに一席やってもらって、それから私があがります」
「え、今日俺あがらないよ。だってししょ」
終わった。
し・しょ・うの三文字中、二文字を喋っているのだ。少し気のきく者なら絶対にばれてしまう。
「あーう、そのね、ししょ、うはないよな」
ごまかし方も一級品のぽんこつっぷり。文太本人はきょとんとしていて、うやむやのまま会話を終えたのだが自分で自分が嫌になった。
純粋に口が滑った。
ここまで脇が甘いのかと反省し、周りのスタッフから気をつけてくださいと注意され、気を引き締めて楽屋に向かう。
文太、気付いていないでくれと願うばかり。
だが、楽屋の弁当を食べていると引き締めたはずの気がするするっとほどけた。きっと結び方が甘かったのだろう、昔から固結びが苦手なのだ。
「ねえ、今日師匠の部屋飲みあるかなあ」
弁当を食べている文太に向かって、サプライズをしたいはずの男が信じられない事を言ってのけた。まわりのスタッフの引きつった顔で「やばっ」と気付く。
「あ、日にち間違えた」
わけのわからないフォローを付け足す僕。きょとんと見ている文太はお客さんに呼ばれ席を立った。僕はスタッフ達から叱責、罵詈雑言を食らう。
そりゃそうだ、なんでどんどんバラしていくのだ。できれば殴ってほしい。バットとかでこのポンコツを叩いてほしい。
落ち込むがもう遅い。ミスを二つも重ねては間違いなく気付くだろう。
天野さんにしぶしぶ報告する。
「気をつけてね、師匠にもここに来ること、ツイッターで言わないでって釘を刺してるんだから」と徹底的な計画ぶりを話されて罪悪感が一層増す。
ああ、最悪だ。自分のミスで台無しだと師匠のツイッターを開くと、
「いまから博多!」
ご丁寧に飛行機の写真と共に載せられたそのつぶやきで完全に計画が壊れた音がした。
ここまで兄弟子に「師匠、師匠」と言われたら誰だってとりあえず疑うだろう。ツイッターを開いて師匠の動向を確認すればサプライズもへったくれもあったもんじゃない。
これはまずい、むしろ文太は気を遣って演技をするかもしれない。引っかかった演技ほど悲しいことはないが、お披露目式はどんどん進む。
「玉串」の儀式のために黒紋付きを着て、文太が最前列で神主のお祓いを受けていた時だ。
最後尾の僕は、神主が忘却の呪文をかけてくれないかなぁと淡い期待を抱きながら、ふと視線を横にやった。
30メートル先の喫煙所で師匠が煙草を吸っている。
すごい。
サプライズにミスばかりしている僕でも驚愕した。
本人がいるのだから。
儀式が終わると文太が飛んでくる。
「いま師匠いましたよね」
この時、まず何を思ったか。
よっしゃ、こいつ今までは気付いてなかった。
これで僕の二つのミスはとりあえず帳消しとなる。すべての責任を師匠になすりつけることができる。安堵しつつ気分が明るくなった僕はリカバリーも忘れない。
「え?いないよ。北九州には同じような強面がたくさんいるんだよ」
文太をみるとまたもやきょとんとして呟いた。
「ゆうれいかな…」
殺すなよ。
心の中でつっこんだ。
これで完全にばれた。ご本人登場なのだから。
なぜ師匠は見えるところにいたのだろう、もしかしたら照れているのかもしれない。
いいよ、弟子のためにわざわざサプライズまでするこたないんだと言っている師匠の顔を浮かべながら楽屋に入り、挨拶を済ませ先ほどの件を聞いてみると
「え、見えてた?」
そりゃみえるだろう。
垣根もなんにもないのだから。
「いや、煙草はここでお願いしますって言われたからついつい」
わかります、ついつい、ですよね。すでについつい二回のミスをやった僕は共感しつつ
「ばれましたかね」と聞くと
「いや、あいつばかだから、大丈夫だろ」
んなわけないだろう。ばかも休み休み言えとは言えず、師匠の着替えを眺めていた。
晴天に恵まれて正午過ぎにお披露目が始まった。
結局、紆余曲折を経て開口一番を務めることになった僕は、ふわふわしながら一目上がりを喋っている。文太に申し訳ない。驚きの演技をさせるのだから。
そんなことを考えていたのでネタも間違える。
なんとかさげの台詞を言ってお辞儀をすると、太鼓と出囃子が鳴る。ここで文太と太鼓を替わるため、走ってお囃子のもとに向かう。
ごめんな。茶番に付き合ってもらって。
そんな気持ちで太鼓を変わり、三味線が鳴る。三下がりかっこ、師匠が登場した。
結果は文太の大号泣だった。
まさかの、彼はひとつも疑ってなかったのだ。お客さんと同じように驚き、喜び、感動して泣いている。
師匠の言ったとおり「ばかだから大丈夫」だったのだ。
僕も罪の意識から完全に解放され、ガッツポーズを決めた。
あれだけの伏線が張られているのに、本人登場していたのに、サプライズはうまくいってしまった。
打ち上げでおいしい魚をつまみつつ、一門と天野さんで答え合わせをした。
文太は僕のうっかり発言を特に聞いていなかったらしい。ふだん兄弟子の言うことを聞かないことがこんなにも有り難いと思う日が来るとは。
師匠目撃に関しても、まさかいるはずがないと疑っていなかったので本当に幽霊だと思って処理したのだそう。
「だって神社でしょ。霊験あらたかだから」
そんな会話を聞いていた師匠は
「登場人物ばかばっかりだな」
と生ビールを流し込み、
「まあ、嘘がつけない一門ということだ」
となんか良い感じにまとめた。
天野さんは胡麻さばをつつきながら
「良い勉強になったよ。今後サプライズしたいときは、師匠と文吾君も騙さないとね」
僕と師匠は福岡の地で、正式にサプライズスタッフの戦力外通告を受けたのであった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?