キャンプのはなし
キャンプにハマっている。
子供の頃に父親に連れて行ってもらい、昨今のキャンプブームとYouTubeの普及により、その頃の熱が再燃したのだ。
ソロキャンパーが焚き火を起こし、屋外で静かに酒を飲んでいる映像を見ながら、自分は暖かい室内で酒を飲ませてもらっている。釣りをしているのを見ている人を見ている人くらい暇な行為だ。
毎晩の動画鑑賞で知識を蓄え、道具もある程度買い揃えると当然現地に行ってみたくなるのだが、そこで悪い虫が出てしまう。
「キャンプしているところを誰かに褒めてもらいたい」
タープを広げ、「ペグ」という鉄の釘をハンマーでカンカン打ち込む。メタルマッチで火花を起こし、麻紐に着火。木の枝に火を移して安定した火をつくる。ブッシュクラフトフライパンで料理を作り、おなかいっぱいで最終の電車で帰ってもらうのだ。
ああ、やりたい。
そんな妄想をしているとちょうど、後輩の林家彦三から
「兄さん、噺家の日常動画を撮りたいんですけど、素材ないですか?」
と提案をいただく。
これは素晴らしい。
大好きなキャンプYouTubeに出演できて、覚えたキャンプ知識を披露できるのだ。
まさに飛んで火に入る夏の虫。か弱い彦三の方から寄ってきてくれた。
「いいよ、キャンプするから、それ撮ってよ」
「キャンプですか?あの、噺家の日常なんですが」
「うん、じゃあ、飯能河原集合な」
キャンパーというのはあまり人の話を聞かない強引なところがある。
ひとまず日程と場所を押さえると、彦三から提案がもうひとつ。
「ふたりでいくのもなんなんで、誰か誘いません?」
なんて素晴らしい子なのだろう。
ちょうどもうひとりくらい焚き火と料理でもてなして、褒めてもらいたいと思っていたのだ。彦三は後輩なので僕に万が一至らない点があっても口には出さないだろう。
もうひとり褒めてくれる人がほしい。
日頃から褒めてくれる、優しい先輩。思い付くと同時に、春風亭一花姉さんにLINEしていた。
「姉さん、焚き火しませんか」
少し上の先輩で、非常に売れっ子の姉さん。前座時代から非常に可愛がっていただいている、そんな姉さんに恩返しをしたい。
焚き火、すごいね、って褒めてもらいたい。
「ええ、焚き火!大好き!!行こう!」
びっくりマーク計五つと非常にびっくりされているが、手応えは上々。メンバーを揃え、配信スタッフを含め計四人でYouTube撮影を行う事になった。
飯能河原でおとな三人をもてなす。
これはなかなかに難しい。
考えた末に、リハーサルを行うことにした。
撮影の前週に飯能河原であらかじめバーベキューをやってしまうのだ。連れて行く人数も、撮影当日と同じ四人。かみさんと友達に声を掛け集まってもらう。
かみさんはキャンプのことを「野宿」と呼び、飯合の蓋を「皿」とは言わず「蓋」と呼ぶ、反アウトドア人間なのだが、その時ばかりは素直についてきた。なんでも「ポートシャーロット」という、煙の香りが強いウイスキーが焚き火との相性抜群で、試したいのだそう。
理由はまあ、なんでも良い。
とりあえず人数も揃い、飯能河原に到着。一応タープも張れたところで、焚き火台に火を入れ調理を始める。みんなでわいわい食材をつっついて、お酒を飲み、片付けて、帰りはレッドアローに乗って、23時に池袋に到着。帰りのルートも完璧にさらえて、無事リハーサルを終えた。
本番当日。
姉さんと彦三には前日に「座ってもらえたら、あとは全部こちらでやります」とイキったLINEを送らせてもらっていた。
一度やったのだ、こわいものはなにもない。
意気揚々と飯能駅に着くと、一人だと聞いていた配信スタッフが二人来ている。
「あれ、聞いてた人数と違う…」
四人分の食料を想定していたので、足りるのかとまず焦り始める。不測の事態に激弱なキャンパーだ。まあこの程度は仕方ない。
飯能河原に着き、「ふたりは椅子に座ってて」と指示してタープを広げた瞬間、突風で30mくらいタープが飛ばされた。
死ぬほど風が強い日だったのだ。
それなら止めれば良いのに、リハーサルが頭にあるので作戦を変えることができない。
風が吹く度に持って行かれるタープと「あぁ」という情けないため息をつく僕を見守る、椅子に座らされたふたり。
「こいつだめそうだ」と判断した姉さんが動く。
「文吾、手伝うよ!!さあ!なにをすれば良い?」
想定外の強風に心が折れかかっていた僕を優しく鼓舞する。
結局彦三も巻き込み三人でなんとかタープを張るまでは漕ぎ着けた。打ち込みの甘いペグを姉さんが石で叩き直している姿を見て見ぬふりをして、火起こしに取りかかる。
メタルマッチの火花を麻の火口に移すのだが、そこでまた風が吹く。
息を吹きかける前に火が起こり、手の中で大きな炎があがった。
めっっっちゃ熱かった。
「兄さん、いま軽く燃えてましたよね?」
「いや、キャンパーはこれが普通だよ」
半笑いの後輩よ、キャンパーの皮膚の強さをなめてもらっては困る。
ようやく料理に取りかかるのだが、ここで網を忘れたことに気がつく。網がなければサザエが焼けない。「もうだめだ」と帰ろうとする僕を引き留め、姉さんは河原に捨ててあった網をもってきて「これ使えるよ」と渡してくれる。
もはやどちらがキャンパーかわからない。
なんとかサザエを焼き、フライパンで肉を焼いていくのだが、またも不測の事態。姉さんが良い人過ぎて、焼けた料理を配信スタッフにあげてしまうのだ。また配信スタッフも馬鹿みたいに「ありがとー、うわーうまー」とか言って堪能している。
お前たちにあげたいんじゃないんだ。
子供の頃、弱そうな子馬に人参をあげたいのに身体のでかい馬に食べられてしまう、そんなもどかしさを思い出す。
二人の配信スタッフにあらかた料理を食べられたその後は、強風によりタープが崩れ、スタッフが用意した台本が飛ばされ、やっと作ったアヒージョが砂まみれになるという地獄絵図となり、キャンプ撮影は終了した。
「姉さん、今日はすいませんでした。おれほんとはもっとキャンプ出来るんですよ」
往生際の悪いキャンパー。
「何で謝るのよ!楽しかったよ!また誘って!!」
また誘っての御言葉を頂いたので、次こそはと飯能駅でレッドアローの特急券を買って戻ってくると、姉さんは日本昔ばなしみたいなでかさのおにぎりを買って頬張っていた。
よほどの空腹だったのだろう。食べてもらったメニューのどれより美味そうに食べているので声を掛けられなかった。
うちに帰り、かみさんに事の顛末を報告すると
「ああ、私も石で叩いたよ。打ち込みが甘いからペグがぷるぷるして抜けそうになってるんだもん。あとおにぎりも食べたよ。プライド傷つけないように、みてないとこでさっと。量、足らなかったな」
なんとリハーサルからしてうまくいってなかったという。
「お疲れさまでした。ほら、キャンプなんか向いてないんだから、これみて満足してなよ」
いつものキャンプ動画を流してもらい酒を飲む。無風の室内で飲む酒は、まぁうまかった。