テントサウナ



先日「ちょちょら組」という若手落語家のユニットの仕事で米沢に向かった。

かしめちゃんが前座の頃から世話になっている旅館の若旦那が世話人となり、宴会場で落語会を開いてくれるのだ。

一同楽しみに米沢駅に着くと、世話人の「近藤さん」が手を振りながら待っていてくれた。

そう、旅館の若旦那を務める近藤さんは駅で恥じらいなく手を大きく振ることができる、愛嬌の良い「いぬ」タイプだ。


若旦那らしい人のよさと屈託のないまっすぐな性格で、着くなりマシンガンのごとく喋っている。

気付いたときには、駅に鎮座する牛のモニュメントの前で一同写真を撮っていた。到着からわずか一分の出来事。できる。




移動中の車内でも喋りっぱなしだった。



「ここは川中島の合戦の舞台ね。向こうにみえるのが『田んぼアート』収穫の終わった稲を刈り込んで、一つの絵を描く、米沢のプチ観光スポットだよ。あ、この上にお堂があって、『おみくじ色紙」って変わったのがあるから、あとで寄るので思い出作りに引いてみて」




それは見事なまでの案内人。




我々は一時間の間に川中島の合戦の跡地を見て田んぼアートを眺め、言われるがままおみくじを引いた。四人全員が小吉だった。実に事件の起きないユニットである。



米沢名物らーめんを食べ終え、この後は何が、と質問する前に近藤さんが




「テントサウナに行きましょう」




聞けば小野川のほとりにあるスペースで「テントサウナ」なるイベントを開催しているのだとか。

キッチンカーで地ビールやソーセージが売られているその中に「テントサウナ」なるものがあった。



これはありがたい。



というのも僕は最近サウナにハマったクチだ。


一定時間からだに熱を溜め込み、我慢を重ね、限界が来たら水風呂に飛び込む。

急激な寒暖差を身体に与えたところで、外気温に当たりながらの椅子に座って休んでいると、なんとも言えない虚脱感のような解放感に包まれる。



「ととのう」感覚を覚え始めた頃だった。





「ぜひ、行きたいです。」




「興味があって良かった~。ちなみに時間の関係上、落語会の前に入ってもらうんだけど、いいっすか?」



あっ…







良くはなかった。






出来れば仕事のあとが良い、仕事、終わる、サウナ。

これがベストだ。



ただ、ここまでの行程で大変世話になっている。


なにより「いいっすか」と語ったその目が子犬のように澄み切っている。

断る選択を想定していない「いいっすか」だ。


きっと、落語家を喜ばせようと一生懸命考えくれたのだ。テントサウナが閃き、入れるため画策し、それが時間の都合で会のあとになってしまったのだ。



「近藤さん、テントサウナ、夜は出せないから、落語家さんたち仕事の前に入れることになるけど、どうしよう?」

「うーん、まあ、いいよ。あの人たち喋るだけだからそんなに頭使わないでしょ」



運営者とこんな会話がなかったことを祈る。



連れられて向かった川のほとりに「テントサウナ」が設置してある。
世話人含めて五人の男が昼過ぎから屋外で水着に着替える映像は、どう考えても仕事前とは思えない。


テント内はすでにすごい暑さ。

それもそのはずで、火力は自分で調節できるため、近藤さんがこれでもかというほど薪を突っ込み、温度をあげてくれていた。



「さあ、数分経ったら『ローリュー』味わってもらうからね。」



ちんちんに熱を持った薪ストに水をかけると、ぶわっと水蒸気が立ちあがる。

「湘南乃風」ばりにタオルぶんぶんを振り回され、溜まった蒸気を浴びると汗が滝のように流れ出る。

暑いというよりもはや痛い。

裸の付き合いのため敬語も一旦取り外し、「あちいよ」と漏らすと近藤さんは


「でしょでしょ~、ふぉぉ~」


とさらに熱波を届けてくれる。



いろんな世話人がいたが、「ふぉぉ~」という雄叫びと共に熱波を頂いたのは初めてだ。




「さあ。五分経ったんで、みんな表に出て。水風呂代わりの川に行くよ」



ジャングルクルーズのテンションで川に案内される。

十月中旬の川は氷のように冷たく纏った熱が瞬殺で奪われていく。

一同「冷たい」「痛い」と騒ぐ中、信楽くんだけが「ぬるぬるで気持ち悪い」と岩場の苔に文句を言っていた。

この人は長生きしそうだなと川から上がり、休んでいると、都内のサウナでは味わえないほどの解放感につつまれる。
すべての穴からなにかの汁がでそうな、そんなふわふわっとした気分だ。



恍惚とした表情でよだれを垂らす僕に向かって



「どう、脳みそ、融けるでしょ」




たしかに脳みそが融けた。



そのあと落語をやったのだが、脳みそが融けた状態で喋ると吃驚するほど言葉が出てこない。




だって脳みそが融けているのだから。




近藤さんは会場後方に座り、そのたどたどしい落語を聴いていた。


まぶたは最後まで閉じられたままであった。

近藤さんの脳みそもとろんと融けて、気持ちよさそうに眠っている。





落語家兼サウナ初心者の僕はひとつ学んだ。





サウナのあとに落語をやってはいけないし、聴いてもいけない。必ずあとに入るべし。



誓いを立てる。



ただし、そのあとの宴会で美味い酒とごはんを出してくれるのならば、落語会の前に入ってもよい。




打ち上げのテーブルにずらりと並んだ、米沢牛と山形の地酒を見たとき、誓いを若干変更した。



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