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褒められるのが苦手だった

こんにちは!

カウンセラー見習いの橘奈緒美です。

私は最近まで、褒められるのが苦手でした。
というか、褒められても受け止められていませんでした。
受け止められないばかりでなく、全力で「そんなことないです!」と否定して、きっとあの人は私の本性を知らないからだ、知ったらきっとガッカリするに違いない!なんて思っていたんです。

そういう方、結構いるのではないでしょうか。
子どもが褒められて一番うれしい相手はたぶん両親だと思うのですが、私は両親から褒められた記憶がほとんどありません。
ということで、まず褒められ慣れていないというのが理由の一つです。

それに自分でも自分のことをポンコツだと思っているので、褒められると「こんなにダメな私なのに、どうしてそう見えるの?(むしろあなたの目、節穴?)」と思ってしまうことすらありました。

褒め言葉はギフトだし、せっかく魅力を見つけて言葉にしてくれた相手に対して、まったく失礼な反応ですよね。
本当にごめんなさい。

なぜ褒められても素直に受け止められなかったのか。
もう一つの理由は、褒められると嬉しい気持ちと同時に、頭の片隅で「調子に乗るとろくな目にあわないよ」という声が聞こえてくるからです。

褒めることは好きだけど、相手を見上げすぎてしまっていた

私は褒められるのは苦手だけれど、人のことを褒めるのは好きです。
自分でも、人の尊敬できるところや良いところを見つけて褒めることができるのは、良い特性だと思っています。

でもそれは、お互いに対等な立場であるという認識のときは良いのですが、私が相手を上に見上げすぎてしまうと、弊害も起こしてきました。

私が相手を見上げて自分を卑下をし続けることで、だんだんと相手は「この人には何を言っても大丈夫だろう」と思い始めます。
ある意味、私の期待=「あなたは上から私になにか言う人でしょ」に応えてくれているんですよね。
そしてぞんざいに扱われて、関係が崩れていくのです。

今まで実際にあったことを例に上げると、一緒に頑張ろう!と励まし合っていた仲間から突然「覚悟が足りない、見ている世界が違う」と言われたり。

夜中の恋愛相談やドタキャンにも応じていた友人から、巻物か!?というくらいの長いLINEで、「もっと友達を大事にしなよ」とブチギレられたり。

付き合っていた人を上に見すぎてしまって、何度も約束を破られたり、「僕が君と結婚するメリットをあげてみて」と言われるようになったり。

総括して、マウンティングされる出来事を引き起こすのですが、そういうことが続いて、これは一体何が原因なのだろう?「あれ、もしかして私がなにかやっちゃってるのか!?」とやっと気づくんです。

そして大抵そういうことになる相手は、最初は私のことをとても褒めてくれていた人たちです。

だから、褒められて嬉しいときほど、相手のことを好きであればあるほど、調子にのるな!距離を近づけすぎるな!シャッターは半開きくらいにしておけ!というアラームが発動してしまうのだと思います。

でも、こういうことが起きてきた原因は、私にあること。
「された、言われた」と被害者のように言っていても、「現実に起こることは自分が起こしている」ということを今は理解しつつあります。

結局は、自信の無さから、相手を見上げ過ぎてしまっていて起こしたことで、自分の自己肯定感が低いことが原因なんですよね。
だから、こんなに素晴らしい相手とダメな自分という見方をしてしまう。

嫌われるのも怖くて、相手に見下されているとか、大切にされていないと感じたとしても、「あなたはすごいもんね〜」と言いながら、しばらく耐えてしまう。

そして本当に傷ついて限界が来たとき、黙ってシャッターを下ろして逃げてきたんです。
相手のせいにして逃げたという気持ちもあるので、「やっぱり褒められてもろくなことにならなかった!」という思い込みや「相手を大切に出来なかった」という罪悪感が残るんですよね。

褒められることを自信材料の一つにする

相手のせいじゃなかったら私のせいじゃん!と、ここで「罪悪感強い組合」の皆さんは思ってしまうと思うんです。私もそうです。

でも、「そういう態度をとってしまう自分が悪い」とか、「マウンティングしない人もいるんだから、相手が悪い」とかではなく、どちらにも原因はあるし、そのときはお互いに仕方がなかったのだと思います。

そもそも自分を大切に扱ってくれない相手から離れること自体は、私は良いことだと思っています。
だけど、これからの自分が人から大切に扱われるために、自分なりにできることはありそうです。 

それは、次に誰かから褒められたら、「自分にはそういう魅力があるんだ」と受け取り、自信をつける材料にさせてもらうことかなと思っています。

もちろん他人から褒められないとダメ、となるとそれは他人軸になってしまうので、そこは、褒められなくても自分でオッケーを出せるから大丈夫!というくらいの気持ちでいきたいです。

例えば、最近私は「今日あった良いことを思い浮かぶ限り書き出す」ということをしていますが、その中に「お弟子仲間にこういうところを褒められた」ということも書いています。
以前だったらお世辞じゃないかな、なんて思っていましたが、今はニマニマしながら書き出せるようになりました。

褒められても案外内容を忘れてしまっていたりするので、書いておくと「あ、自分は他の人からはこんなところを良いと思われているんだ」と良いところや強みを認識できます。

苦手ですよね、自分の良いところや強みを探すこと。
自己アピールなんて到底無理!なのが罪悪感の強い人たちですから・・。
だから、人から良いことを言われたときくらい、せめてありがたく頂戴して、書き留めておくと良いのではないでしょうか。

そしてできれば、ありがとう!嬉しい!と相手に伝えられると、なお良いですよね。
最初は照れてしまうのですが、言ってみると本当に嬉しい気持ちが込み上げてくるものです。

今後は褒められることがあったら、何度も何度も噛み締めて、自分はこんな魅力や価値のある人間なんだ!ヤッホーイ!と素直に喜べるようになっていきたいです。

褒められベタのみなさんも、一緒に言葉のギフトを受け取れるようになっていきませんか?
受け取り上手になれたら、相手を見上げすぎず、対等な気持ちで付き合えるようになっていくんじゃないかな、と思います。

読んでいただき、ありがとうございました!

橘奈緒美でした!

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