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『短編小説 翠の料理人』3分で読める恋愛小説|青春物語

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大学生・酒井楓(かえで)は、徳島県の祖谷渓に魅了され、ある旅館でバイトを始める。そこで出会ったのは、口数の少ない料理に情熱を注ぐ見習い板前・近藤一太。徳島の美しい自然を舞台に、出…
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【翠の料理人 第1話】3分で読める恋愛小説|青春物語|毎日21時更新

1. 旅館での出会い徳島県の祖谷渓。 深い渓谷とその向こうに広がる青々とした山々は、私がこれまで住んでいた宮城の景色とは全く違う。 ここで働き始めて3日目、ようやく旅館の仕事にも慣れてきたけれど、どこか自分がこの地に馴染めていないような感覚があった。 「楓(かえで)ちゃん、お疲れ様。少し休んでおいで」 と、女将の木内早苗(さなえ)さんが微笑む。 早苗さんは旅館の女将として有名で、温かい笑顔が印象的な女性だ。 彼女がいるから、私も少しずつこの場所に馴染んでいるのかも

【翠の料理人 第2話】3分で読める恋愛小説|青春物語|毎日21時更新

2. 静かに流れる時間翌朝、私はいつも通り旅館の掃除をしながら、昨日の一太の姿を思い出していた。 厨房で黙々と働く彼の姿には、どこか近寄りがたいものがある。 けれど、同時にその背中には何か隠されたものを感じてしまう。 なぜか彼のことが頭から離れなかった。 その日、女将の早苗さんが私にある仕事を頼んできた。 「楓ちゃん、一太君が商店街に行く用事があるから、一緒に荷物を運んでほしいの」 「えっ…、私がですか?」 突然のことに驚きつつ、私は少し緊張していた。 あの寡

【翠の料理人 第3話】3分で読める恋愛小説|青春物語|毎日21時更新

3. 料理と心の距離その週のある夕方、仕事がひと段落した後、私は厨房へと足を運んだ。 約束通り、一太に料理を教えてもらうためだ。 正直、少し緊張していた。 彼と二人きりでの時間がどうなるのか、まだ全然わからない。 でも、一太の料理に対する真剣さに触れてみたいと思っていた。 「お邪魔します…」 そう声をかけると、彼はすでにまな板の前に立っていた。 彼は無言で頷くと、用意していた食材を指し示した。 「今日は、簡単なものから始めよう。まずは野菜の下ごしらえから」

【翠の料理人 第4話】3分で読める恋愛小説|青春物語|毎日21時更新

4. 心の影その日の夜、仕事を終えて自分の部屋に戻ると、私は一太との料理の時間を思い出していた。 彼の手際の良さや、少しずつ見え隠れする彼の内面。 自分でも驚くほど、彼のことが気になり始めている。 「楓、今日のバイトどうだった?」 里帆からのメッセージがスマホに届く。 私は少し笑いながら返信した。 「普通だったよ。でも、一太さんって意外と話すんだよね」 「一太さんって誰?」 「ああ、旅館の厨房見習いの人。あんまりしゃべらないんだけど、料理のことになると真剣で…

【翠の料理人 第5話】3分で読める恋愛小説|青春物語|毎日21時更新

5. 夢への一歩翌日、私は一太の言葉を胸に、いつも以上に張り切って仕事に取り組んでいた。 彼が目指す料理、それは単なる食べ物ではなく・・・その人を想い、心を込めてつくるもの。 そんな彼の夢を、私は全力で応援したい。 自分に何ができるのか、まだはっきりとはわからないけれど、そばで支えることから始めようと思った。 昼休み、私は旅館の庭にあるベンチで一太と一緒にお弁当を食べていた。 彼は相変わらず寡黙だが、どこか以前よりも少し心を開いているように感じた。 「一太さん、次

【翠の料理人 第6話】3分で読める恋愛小説|青春物語|毎日21時更新

6. 料理人としての覚悟一太との休日が終わり、私たちは少しずつ距離を縮めていったように感じた。 だが、それでも彼の中にはまだ何か隠されたものがある。 彼が料理人としての道を歩む理由、その背後にある謎は解けないままだ。 ある日、旅館の厨房で一太が師匠の林さんと料理について真剣に話し合っている姿を見かけた。 普段、口数の少ない一太が、ここでは目を輝かせて自分の考えを堂々と話している。その姿は、いつもの彼とは違って見えた。 「一太、今日の料理はよかった。だが、まだまだお前

【翠の料理人 第7話】3分で読める恋愛小説|青春物語|毎日21時更新

7. 二人の距離コンテストが無事に終わった翌日、一太は再びいつもの厨房に立っていた。 コンテストの結果は見事なもので、彼の料理は高い評価を受け、賞も獲得した。 しかし、彼自身はどこか落ち着いており、大きな騒ぎをするでもなく、淡々と仕事を続けている。 「一太さん、本当におめでとうございます!」 私は彼の背中越しに声をかけた。 「ありがとう。でも、これがゴールじゃない。まだまだこれからだ」 彼の声は冷静だったが、その中には決意が感じられた。 一太は、賞を獲ったことを