「内部留保」という言葉を使う人を警戒しましょう、という話


なぜだか「内部留保」という概念を間違えて理解している人たちが多いようで、気になっております。
企業会計に携わったことがあれば何かのついでに覚える基本知識で、わかってる人たちから当たり前すぎる概念…なのですが、実のところ簿記検定や企業会計原則などには出てこない言葉ということもあり、解説したり訂正すべき「専門家」がいないかもしれません。
というわけで、実務でこの概念を扱ったことのある私がこの場で解説を試みます。なるべく平易にいこうと思うのでお付き合いください。

内部留保ってなに

企業が過去に稼いだ利益のうち、国や役員や株主に放出「していない」分です。
説明を簡単にするために、このnoteでは「国に払う法人税、役員に払う報酬、株主に払う配当」をまとめて「外部放出」という用語で定義してみます。内部留保と対立する概念です。

「外部放出」と内部留保

こうやってみると企業は利益をあげて終わりではなく、そのあとで国や役員、株主によるパイの奪い合いが起きるものなんですね。
内部留保というのはかろうじてこの三者の手を逃れた残滓ともいえます。

「内部留保が積みあがる」とは法人税や役員報酬、株主配当という形で外部に放出した残滓が蓄積していくということです。つまり、法人税や役員報酬、株主配当を支払ってもまだ残るだけの利益を稼ぎ続けている、ということで、「健全な経営ができている証拠」なんですね。

内部留保を増やさない方法

では仮に「内部留保を増やさない方法」を考えてみましょう。

まずは、損失を計上する、あるいは利益が少なぎるという業績不振の例ですね。これはまあ通常議論される上場企業においては論外かと思います。
個人所有の企業が法人税回避のために敢えて利益計上を避ける例もありますが…いずれにせよ、推奨すべき事例ではないでしょう。

あるいは、利益の全てを外部放出すれば、内部留保が増えることはなくなります。

一切の内部留保がない状態

「内部留保を積み上げるべきではない」というのは外部放出が少なすぎるという主張であり、つまり…
・財政再建論者が法人税の増税を求めている
・企業経営者が役員報酬の増額を求めている
・株主が株主配当の増配を求めている
上記のいずれか、あるいは任意の組み合わせではないでしょうか。

たまに政治家の先生がおっしゃる「内部留保が積みあがるなんてけしからん」というご高説は、上記を踏まえれば「もっと外部放出を増やすべき」という意見に聞こえるわけです。
もし質問にご回答いただけるのならば「増やすべきは法人税ですか?役員報酬ですか?株主配当ですか?あるいは、そもそも利益を減らすべきですか?」と聞いてみたいところです。

こんな使い方は間違い

「内部留保が積みあがるのはけしからん」という話の続きとして、以下のような説明が続くことがあります。
「内部留保をため込んでいて設備投資に回っていないから」
「内部留保をため込んでいて従業員の給与を上げないから」
いずれも言葉の使い方としては間違いです。

なぜならば設備投資も給与も企業が利益を上げるための源泉だからです。

企業がなぜ設備投資をするのか?
より規模の大きい、効率の良い設備で事業活動を行うことで、利益を拡大したいからです。

企業がなぜ従業員給与を上げるのか?
人材の流出を避け、さらに優秀な人材を集めることで、より規模の大きい、効率の良い事業活動を展開し、利益を拡大したいからです。

利益を増やすために設備投資をするし、利益を増やすために給与を上げるのです。そして利益を増やせば、内部留保も増えることになります。
もちろん、利益が増える以上に外部放出が増えれば内部留保は減りますが。

内部留保に内訳はあるか

また最近は派生形として、「内部留保は現金とは限らない、だからその中身を説明させる」というのも目にしました。

極端なことを言うと、内部留保に中身などありません。
敢えて言うならば「公開している財務諸表を見てくれ」です。

とても極端なたとえ話をします。
・設備投資をしました。これにより今期計上すべき費用は100円です。※1
・従業員を雇いました。これにより今期計上すべき費用は100円です。※2
・材料を仕入れて、300円分を使って商品を作りました。※3
・作った商品を1000円ですべて売り尽くしました。
・その他の一切の取引はないものとします。
利益は売上1000円-総費用500円=500円です。(下図)※4

(以下、分かっている方向けに補足。損益計算書の話をしています)
※1 減価償却費のことです。
※2 人件費です。
※3 材料費原価です。
※4 役員報酬を除く(差し引く前の)営業利益を仮定しています。

売上から諸々の費用を引いたら残りが利益

さらにたとえ話をします。
・法人税は150円となりました。
・役員報酬は150円となりました。
・株主配当を150円となりました。
内部留保は利益500円-外部放出450円=50円です。(下図)

利益から外部放出分を引いたら残りが内部留保

このように利益や内部留保が発生するまでの取引を説明することはできます。しかしこれは内部留保が発生した「経緯」であり、「内訳」ではありませんね。内部留保は現金や設備といった現実的な物体ではなく、帳簿上の計算で示される概念でしかないのです。

また実際の企業は伝票にして万や億、あるいはそれ以上の件数の取引を実行していますので、すべて説明するのは現実的ではありません。そのため説明に必要な最低限の分類をし、「財務諸表」という形で整理しています。
財務諸表のうち「損益計算書」に当期純利益という項目があるのですが、
その数字はすでに法人税と役員報酬が差し引かれた利益が記載されています。
なので、内部留保が知りたければさらにそこから株主配当を差し引くことで計算できます。
 当期純利益 - 株主配当 = 内部留保
(貸借対照表の利益剰余金を内部留保と見做すことも可能ですが、その辺は別の議論が諸々あるので割愛します)

つまりどういうこと

結論はタイトルの通り。
「内部留保」という言葉を使う人を警戒しましょう

内部留保の議論をしたい人というのは
・法人税の増税をしたい
・役員報酬の増額をしたい
・株主配当の増配をしたい

といったポジショントークをする人であるか、

・実は良くわかってないけど現状批判をしたい
という議論のための議論をする人であるか、

・企業が利益をあげるなんてけしからん
という過激な反市場主義であるか、

いずれかであると思われます。

そもそも企業の設備投資を活性化したいというなら直接に投資促進税制や規制緩和の話をすればいいし、国民の生活を豊かにしたいというならば直接に最低賃金や社会保険料、所得税、消費税、給付金などの話をすればいいのです。

わざわざ「内部留保」という言葉を使った時点で、これは論点をずらしにきてるかな、会計を理解していないか、あるいは他の目的があるんだろうな、と警戒した方が宜しいかと思います。

今回はこのくらいで。
(できれば他の人の解説が読みたいなあ)

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