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性別二元制違和≒性別違和 文・田中玲

 性別二元性違和のことを語り始めると、私の半生記の話になる。

 私が性別二元違和感を感じたのは、幼稚園入園の3歳の時。家族構成は祖父母、両親、私、弟、妹の7人家族。私は「長女」だった。でも、なぜか私の一人称は「ぼく」。お兄ちゃんもいなかったし、祖母の一人称は「うち」か「わて」、祖父は「わし」、母は「私」、父は「わし」。こうやって改めて書くと奇妙で変テコ(笑)そこでなぜ「ぼく」だったのか分からない。でも厳格なカトリックの幼稚園でグレーのスカートに白いシャツ、黒いエナメル靴を履かされ、性別分けされてるトイレを使うことで、私は自分が「女の子」枠なのを知った。それから自分探しの旅が始まる。 

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