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「トニカクカワイイ」謎多き冒頭シーンの考察
皆さんは、「トニカクカワイイ」という漫画をご存じでしょうか。トニカクカワイイとは、畑健二郎先生がサンデーで連載している漫画で、アニメ化もされ、2期の放送も予定されているほどの人気作品です。
ジャンルはラブコメディなのですが、第1巻の冒頭で主人公とヒロインが結婚するという、なかなかに奇抜な設定を採用しています。普通のラブコメなら結婚すること、もしくは付き合うことが物語のゴールになりますが、この漫画ではそのお約束を丸ごとすっ飛ばしています。
しかし決して出落ちにはならず、2人のあまーい結婚生活を覗き見ることのできる、終始ニヤニヤが止まらない楽しい漫画となっています。
では、2人はどのようにして出会い、山里亮太と蒼井優もびっくりのスピード婚を成し遂げたのでしょうか。今から簡単に、その経緯を紹介します。
まず主人公の由崎ナサは、全国模試1位の連続記録を持つ、天才中学生(3年生)です。いつものようにトップをとった彼が、その結果を見ながら家に帰る途中、1人の女の子を見かけます。
その女の子はびっくりするほど可愛く、運命を感じてしまった彼は、何かに操られるかのように道路に飛び出し、その女の子の方へと向かいます。しかし咄嗟に飛び出してしまったがために、側方から来るトラックに気づかず、そのトラックに思いっきり跳ねられてしまいます。
万事休すかと思われましたが、なんとか意識を取り戻し目を開けると、血まみれになっているあの女の子と目が合います。そう、なんと彼女が庇ってくれたおかげで助かったのです。
その子は深手を負っているにも関わらず、平気な様子ですぐに立ち去ってしまいました。彼も大怪我を負っていますが、そんなことはお構いなしに、ボロボロの体で彼女のことを追いかけます。
そしてなんとか追いつき、心配する彼女に対して、「僕と付き合ってくれませんか?」と、突然の告白をします。それを受けた彼女は、「私と結婚してくれるなら、付き合ってあげる」と返答します。そして間髪入れずに「はい!!喜んで!!」と答えると同時に、主人公は意識を失います。
以上が簡単なまとめです。女の子が大怪我をしたのに平気な理由と、最後の一連のやり取りが大いに謎ですが、こんな感じのストーリーとなっています。
作者が以前連載していた「ハヤテのごとく!」という漫画でも、路頭に迷った主人公が、女の子を誘拐しようと思い立ち、たまたま捕まえた女の子がお金持ちのお嬢様で、なんやかんやあってそこの執事になるという衝撃の展開から物語がスタートします。
なので、「ハヤテのごとく!」を読んだことがある人はあまり驚かなかった(?)と思いますが、初めて見る人には、かなりインパクトのある冒頭です。
今回は、どうしてこのような始まりになったのかを、僕なりに考察してみようと思います(ようやく本題です)。
まず前提として、この「トニカクカワイイ」という漫画が、作者である畑健二郎先生が結婚された同月に、連載を開始したという事実を抑えておく必要があります(Wikipediaより)。
この事実から、主人公の由崎ナサは作者である畑健二郎の生き写しであり、漫画のメインテーマである結婚生活は、作者の人生そのものである、と解釈することができます。
主人公は中学生の割にはとても大人びており、博識で、プログラミングなどもできる天才ですが、彼が作者自身の投影物であると考えれば、納得することができます。ちなみに、畑健二郎先生は46歳です(2022年8月23日時点)。
主人公が一目惚れしたヒロインの名前は、月読司(由崎司)といいます。彼女が大ケガをしても平気だった理由は作中で明かされていますが、ネタバレになるのでここでは控えておきます。
問題は、突然の告白の後に続く謎の会話です。彼がとてもまっすぐな性格で、彼女が変わり者であると言ってしまえばそれで説明がつきますが、どうも腑に落ちません。
まず、彼がなぜ突然告白したのかについて考えてみましょう。
「水木しげる」という漫画家をご存じでしょうか。言わずと知れた、日本を代表する偉大な漫画家の1人です。彼は自身の漫画の中で、壮絶な戦争の体験を綴っています。
その中の1つのエピソードが、先日とあるテレビ番組で紹介されていました。
彼は敵地で戦っているときに空襲に遭い、左腕を大きく損傷します。治る見込みがないため、やむなく腕を切断することになりますが、戦時中の敵地なので、十分な医療器具はありません。麻酔なしという壮絶な状況で手術を受けた彼は、奇跡的に一命をとりとめることができました。
その大手術を終えた後に彼が発した言葉は、なんと「食べたい!」でした。普通は「痛い」とか「死にたくない」などの言葉が出てきそうですが、彼が発した言葉とは異なります。
なんとなくですが、僕はこの「食べたい!」という言葉に、死の恐怖や生への執着を乗り越えた、とても強い生命力を感じました。余分な思考や情念が取り払われ、純粋な衝動のみが残ったといえばよいのでしょうか。
彼の代表作である「河童の三平」では、生と死という概念がとてもナチュラルに描かれています。三平がフラッと自殺し、死神が期限つきで生き返らせ、まるで学校や会社に向かうかのような感じで、地獄に向かいます。
これらの死生観に、戦争の体験が影響しているのはいうまでもありません。
ここで「トニカクカワイイ」のストーリーを思い出してみましょう。主人公は一度トラックに轢かれて命を落としかけますが、なんとか一命をとりとめます。意識を取り戻した彼は、自分の体の痛みをよそに、一目惚れしたヒロインの元へと向かい、「付き合ってください」という、まっすぐな気持ちを伝えます。
水木しげる先生の体験と重なる部分が多い、そうは感じないでしょうか。どちらも一度死の淵に立ったことにより、「ただ今を生きる」という、純粋な生命観を獲得しています。悟りを開いた、は言い過ぎかも知れませんが、それに近い状態であるとは思います。彼らは目先の生き死によりも、内なる衝動の方を重視しているのです。
次に、なぜヒロインの司ちゃんが、「私と結婚してくれるなら、付き合ってあげる」と返答したかについて考えてみましょう。ですがこれはすでに、作品内で言及されています。
簡単にいうと、主人公の本気度を確かめたかったというのがその理由です。結婚するだけの覚悟がない人とは付き合いたくないので、私と結婚できるかどうかを聞いたということです。
しかし、そのあとすぐに婚姻届を準備しているので、その発言をした時点で結婚するつもりだったのでしょう。もしかすると、あまり深く考えすぎず、ほんとうに主人公と結婚したかったのだと素直に受け取るのが、正しいのかも知れません。
もしくは、自分の気持ちにまっすぐな主人公の発言から、僕がさっき言ったようなことを読み取り、主人公のことを成熟している人だと判断したからだという可能性もあります。それで、この人となら結婚しても良いかと思ったのかも知れませんね。
最後に主人公の「はい!喜んで!」という返答ですが、これも自分の素直な気持ちに従っているのだと考えれば納得できます。そのあと急に意識を失ってしまうのは、心が体の感覚と大きく離れてしまっているせいでしょう。
以上が、冒頭部分の考察です。意味不明のやりとりも、こうして分析してみれば、少しは理解できたのではないでしょうか。
みなさんもぜひアニメや漫画で、このほのぼのしていながらも、ちょっと不思議な世界観を味わってみてください。