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iLiFE!「アイドルライフブースターパック」の二重メタ構造について
みなさんは、「iLiFE!」というグループを知っているだろうか。
私はよく知らないのだが、たまたま見つけた「アイドルライフブースターパック」という曲がかなり良かったので、今回はその話をしたいと思う。
「アイドルライフブースターパック」とは?
少しややこしいのだが、この曲はiLiFE!が以前発表していた「アイドルライフ"スターター"パック」のリメイク版らしい。個人的には、そっちより今回紹介するブースターパックの方が圧倒的に好みだ。
そんな話は置いておいて、さっそく本題に入ろう。
この曲は、「アイドルを応援するオタク」のことを歌った曲だ。アイドルがファンをテーマにした曲を作ったというだけで、だいぶ挑戦的だとは思わないだろうか。
しかし、アイドルとファンの心理的距離が縮まりつつある、最近の状況を考えると、そんなに変なことではないのかもしれない。
それだけでなく、
「この時だけイケイケの陽キャになったつもりだけど陰キャ」
「お猿さんみたいになっちゃう」
「多動もこらえきれず」
といった、オタクをほとんど直接的に揶揄するような歌詞も含まれているため、アイドルソングとしては異質である。
特に、アイドルソングと聞くと「私が愛するのはあなただけ」といったような歌詞を想像する、私みたいな古いタイプの人間は、この曲の意図をなかなか理解できない。
だが、「メタ構造」という視点を持つと、この謎を解くことができると私は考える。
オタクを演じるオタク
まず考えられるのは、オタクの持つ自意識だろう。
オタクと聞くと、「現実と虚構の区別がつかないかわいそうな人」と思われてしまいがちだが、実はそうではない。
たしかに、目の前のコンテンツに熱中することはあるが、どこかで「これは虚構であり、それを知ったうえで私は楽しんでいるんだ」といったような、冷静な視点をいつも持っている。
そのことを、的確に表現した文章を紹介しよう。
つまり「おたくの熱狂」は「マニアの熱狂」よりも演技性が高いのだ。これはつまり「熱狂」というコードで他のおたくに交信しているような状況を指している。そうはいっても、けっして醒めているわけではなく、かといって我を忘れて熱狂しているわけでもない。この「斜に構えた熱狂」にこそ、「虚構コンテクストに親和性の高い」おたくの本質があるだろう。
そう、彼らは我を忘れて熱中することをとにかく避け、それでいて「しょせん虚構にすぎない」とニヒリスティックになることもなく、絶妙な立ち位置でコンテンツを楽しんでいるのだ。
「アイドルライフブースターパック」で描かれるのは、我を忘れてアイドルに熱狂するオタクの姿である。この歌詞にあえて自身を投影し、「コール」という形で疑似的に熱狂を演じることで、「熱狂を演じるオタク」という、彼らにとって最も居心地の良い場所へと、たどり着くことができる。
「陽キャのつもりになった陰キャ」
「お猿さんみたいな姿」
「多動をこらえきれない」
といったマイナスな言葉も、「オタクというキャラクターを演じる役者」として間接的に受け止めているため、ダメージが全くないのだ。
「気持ち悪いオタク」というイメージを、より誇張して作り出し、冗談めかしてそれを演じることで、自分はそこから遠いところにいるとアピールしたい、というのも理由の1つだろう。
オタクの持つ面倒くささが、これでもかというぐらい示されている。
オタクのコスプレをするアイドル
メタ構造の2つめとして挙げられるのは、こうしたオタクたちの姿を、アイドル自身が歌い、演じているところである。
当たり前だが、オタクを表現した曲を歌うのは応援される側であるアイドルだ。さらに、最初に紹介したMVに注目してほしいのだが、その中で彼女たちはオタクの恰好をし、「推し」であるアイドルを応援している。
推しを応援する彼女たちの姿は、見た目としてはオタクなのだが、可愛さを感じさせる衣装となっており、どちらかというと「オタクのコスプレ」といった感じだ。
つまり、アイドルを推すオタク姿の彼女たちは、同時にファンの人たちから推される存在でもある。
「好き」を共有する
これは、オタク文化全般に言えることだが、「可愛い(もしくはかっこいい)キャラクターが好きなものに熱中している姿」は、多くの作品に登場する。
その理由として、好きなものに熱中している姿が可愛い、キャラクターに人間らしさをもたせたい、といったものなどが考えられる。
しかし、私が最も大きい理由ではないかと推測しているのが、「好きなものを通して推しとつながる感覚」だ。
たとえば、推しが猫好きだった場合、自分も猫を好きになることで、推しと同じ気持ちになることができる。
さらに、配信や"X"(旧Twitter)で猫のことをつぶやいていた場合、それにコメントすることで、推しと会話しているような感覚も味わうことができる。
そうしたことを考えれば、現実と虚構をつなぐ手段として、共通の好きなものを作るという発想は、自然なものに思える。
話を戻して、「アイドルブースターパック」のMVを見る人たちは、そのアイドルを応援している人がほとんどだろう。
そうした人たちは、同じ推し(MVの中に登場するアイドルも、当然彼女たちが演じている)を応援している推しの姿を見ることで、疑似的に彼女たちと一体化することができる。
隠された2つの二重メタ構造
オタクを揶揄するような歌詞も、過剰なほどのコールも、オタクをアイドルが演じるという構図も、全てメタ構造を作り出し、コンテンツを立体化させるための装置として機能している。
「熱狂的なオタクを熱狂的なオタクが演じる」という二重構造、「推しを応援する推しを応援する」という二重構造が、このMVには隠されているのだ。
以上が、「アイドルライフブースターパック」の二重メタ構造についての考察である。
余談1:ファッションとしての非核化
なぜ政治的なメッセージを叫ぶのか
ここからは余談になるが、個人的に面白いと感じた他の部分も紹介しよう。
曲の後半のコールに、
「祈り︕仏︕⾮核化︕道徳︕慈善活動︕ダ○イ・ラマ︕」(原文ママ)
「慈善活動︕道徳︕⾮核化︕仏︕祈り︕ワールドピース︕」
という、歌詞とまったく関係のないものが含まれていた。
単に雰囲気を演出するためのコールなら、こんな政治的な言葉をわざわざ入れる必要はないだろう。
しかし、この曲では2回もこうしたコールが挿入されている。
起源はボカロにあり
実は、これはボカロ界隈から派生した文化なのだ。
ボカロでは曲の雰囲気を出すために、神話や文学作品が引用されることがしばしばある。それだけでなく、(フワッとした)政治的なメッセージが登場することもある。
有名なものを挙げると、「ザムザ / てにをは feat.初音ミク」「DECO*27 - 妄想税 feat. 初音ミク」「悪魔の踊り方 / キタニタツヤ」などだ。
戦争や平和といったテーマは、言うまでもなく重要だ。
しかし、近年のポップカルチャーはそれらをファッションとして身につけ、アイドルや音楽といったものと一緒に消費する傾向にある。
虚構化された戦争
これは、政治や戦争が彼らにとってリアルな出来事ではなくなったことが関係している。難解な政治の話も、歴史の中の出来事である戦争も、彼らにとってはアイドルなどの虚構と同じであり、消費の対象なのだ。
その結節点が、ボカロである。
ボカロというきわめて民主的なコンテンツで、自身の個性を表現する方法として、政治や戦争といったテーマが使われるようになった。
そのコンテンツを消費する側も、「多数あるコンテンツから特定のものを選ぶことで、自分らしさを表現する」という大衆消費社会の法則にしたがって、表面的に政治や戦争といったメッセージをまとうことになった。
そうした流れを経て、この曲でも非核化, ワールドピースなどの言葉が使われたのだろう。もはやファッションという要素も失い、「うおー!」「ハイ!」のような、記号的な叫びと同じレベルまで抽象化されたと捉えることもできる。
このことは、祈りや仏といった宗教的な言葉にも当てはまる。日本人の多くは無宗教なので、宗教的な概念は彼らにとって虚構となんら変わらないのだ。
この現象が良いことなのかはわからないが、歴史上の人物を美少女化したり、中世のメイドを「メイド喫茶」という文化に仕立て上げた、日本のオタク文化らしいといえるだろう。
ジャケットにイラストを使う理由
ちなみに、iLiFE!のアルバムジャケットに、イラスト化した彼女たちの姿を描いたものがある。
わざわざ絵にせずとも、十分に魅力を伝えることのできるアイドルが、あえてイラストをアルバムジャケットにしている。これは、どこかに漫画・アニメ・ボカロといった文化とのつながりを、感じているからではないだろうか。
商業的に見れば、従来のアイドルオタクだけでなく、そうした二次元のオタクたちも、ファンとして取り込みたいという意図があると思われる。
余談2:気になったコメント
自由とコール指定のダブルスタンダード
最後に、MVのコメント欄で見つけた面白いコメントを紹介する。
コール指定してるくせに、遊び方は自分で生み出してナンボだって最高に皮肉効いてて好き
このコメントを見た瞬間、思わず「ほんまや!」と叫んでしまった。
本当に意図したものなのかはわからないが、「遊び方は自分で生み出してナンボだ」というメッセージを聞きながら、決められたコールを叫んでいるオタクの姿は、どこか風刺的である。
価値の再発見
ただ、個人的には「アイドルのライブを見るだけじゃなくて、自分も大声でコールして楽しんだらどう?」というメッセージではないかと感じた。
彼女たちは、この曲の中で新しいライブの楽しみ方を提案したのだ。
厳密には、こうしたコールの文化は昔からあるが、家にいながら様々なコンテンツを楽しむことができる時代に、ライブに来て楽しむという、従来のアイドル文化の楽しみ方を、”再発見”させる意図があったのではないだろうか。
実際に、iLiFE!はライブの様子もYouTubeで公開しており、ライブの楽しさを目に見える形で伝えようとしている。
現実にもっとも近い虚構であるアイドルが、コンテンツあふれる現代に生み出した戦略、それが「古き良きアイドル文化の復活」なのだ。