コウメ太夫は南極でポケモンをプレイしたし、『裸のランチ』も読んだ
コウメ太夫の有名なネタといえば、この2つだろう。
2つめのネタは「最低やさいコーナー」というクリエーターによって映像化もされており、当該動画は30万再生を超えている(2023年5月15日時点)。
【コウメ1-GP①テイル】コウメ太夫×最低やさいコーナー - YouTube
2つとも一見すると意味不明だが、私はこのネタに隠された意味に気づいてしまった。今回は新説として、コウメ太夫に対する私なりの考察を行っていこうと思う。
ネタを入れ替えることで成立?
その説は「上の句と下の句を入れ替えれば、ネタが成立するのではないか?」というものだ。
便宜的に、ネタの前振りである1行目を上の句、そしてオチ?である2行目を下の句と呼ぶことにする。1つめのネタでは「朝はごはん派かと思ったら~、」が上の句、「ニョキニョキペンギンでした~。」が下の句にあたる。
では実際に、2つのネタの上の句と下の句を入れ替えてみよう。
これを踏まえたうえで、それぞれ意味を解説していく。
合コンでの悲哀
まず1つめは、合コンでのワンシーンだ。お互いの自己紹介が終わった後、朝ごはんの話題になる。そして、向かいに座っている女の子が「私、朝はごはん派なんだよね~」と発言する。
人数合わせで来たコウメ太夫が、「そういえば、初恋の人もごはん派だったな~」と回想し、女性の顔をよく見ると、その人が初恋の人であるということに気づく。
おしゃれに着飾っている初恋の人と、かっこ悪いままの自分を比べて、思わず「チクショー!!」と心の中で叫んでしまう。
なかなかにロマンチックなストーリーだ。「チクショー!!」の一言で、彼の恋愛が失敗に終わったことを表現しているのもポイントが高い。
南極で見たヤマタノオロチの幻覚
2つめのネタの解説に移ろう。
南極にいたコウメ太夫は、そこで奇妙な生物を見る。「もしかして野生のヤマタノオロチでは?」そう思った彼がおそるおそる近づくと、数匹のペンギンだった。おそらくこんな感じのエピソードだと思われる。
しかし、「野生の」という表現が少し気になる。この言葉は、あまりヤマタノオロチに使われる言葉ではない。だが、この答えもすぐにわかった。そう、彼は南極でポケモンをプレイしていたのだ。
フィールドにいるポケモンと戦闘するとき、「野生の○○がとびだしてきた!」というメッセージが出るのを知っている人は多いだろう。寒い中ポケモンをプレイしていたコウメ太夫は、ゲームと現実の区別がつかなくなる。そして、ヤマタノオロチの幻覚を見てしまうのだ。
図鑑にない幻のポケモンを発見したと思ったコウメ太夫は、戦闘を挑みに行くが、よく見たら数匹のペンギンが遊んでいるだけだった。
幻のポケモンじゃなかったショックと、幻覚を見てしまうほどの寒さに耐えかねて叫んだ「チクショー!!」の言葉は、彼が置かれている状況の限界さを端的に表現している。
そのままでもネタは成り立つか?
上の句と下の句を入れ替えれば、ネタが成立するという私の説に納得できただろうか。疑り深い読者は、「別に入れ替えなくても成立するのでは?」と疑問に思ったかもしれない。一応、入れ替えてない場合の考察も行ってみよう。
飼育員とペンギン……?
考えられる状況としては、水族館の飼育員がバケツいっぱいの白米を抱えていたので、「彼はごはん派なんだな」と思ったら、ペンギンたちがニョキニョキと顔を出してきたので、「ペンギンの餌だったのか」と気づいたというものだ。
しかし、野毛山動物園のサイトによると、ペンギンの主食はアジで、白米ではない(野毛山動物園『ペンギンの餌の準備は大変』(ペンギンのエサの準備は大変|動物トピックス|ブログ|野毛山動物園公式サイト|公益財団法人 横浜市緑の協会 (hama-midorinokyokai.or.jp)) (2021年3月31日更新)。
よく考えると、南極にいるペンギンが白米を食べるはずがない。さらにこの内容だと、「チクショー!!」といった理由もわからず、ネタとしては微妙な完成度だ。
奇抜な髪型
2つめの状況は、同窓会で再会した初恋の人が、あまりの変わりように野生のヤマタノオロチに見えてしまったというのが考えられる。
顔がバケモノみたいになっていたと捉えることもできるが、わざわざヤマタノオロチという表現をしているので、おそらく特殊な髪型をしていたのあろう。当時マジメだった彼女が、大きく変わってしまったことへの驚きを隠すために、「野生のヤマタノオロチかと思ったよ~」と冗談を言ったのだ。
もしくは、彼女の変わりようにショックを受け、そのショックをネタに落とし込んだという可能性もある。
いずれにせよ、こちらはネタとして十分成立している。しかし、2つのネタが同時に成立するのは上の句と下の句を入れ替えたときだけなのだ。
初期のコウメは意外とシンプル
ではどうして彼は、こんな複雑な手法をとるようになったのだろうか。
初期のコウメ太夫(エンタの神様)のネタは、意外とシンプルだった。
「チクショー!!」を使っていないのが驚きだが、ネタの意味は理解できるし、そこそこ面白い。職業アンケートで個人名が入っていることや、桜塚やっくんという謎のチョイスを除けば、特に不思議なところもない。
コウメ太夫のルーツ『裸のランチ』
ここで唐突だが、1冊の本を紹介する。
ウィリアム・バロウズ著『裸のランチ』(鮎川信夫訳) (2003) (河出文庫)
この小説は、カットアップという手法によって作られている。カットアップというのは、まず普通の小説を書き、その原稿を切り刻む。そして、それをランダムにつなぎ合わせることによって、文章を作るのだ。
この本の詳しい解説は、双頭アトの『書いた本人すら読めなかった奇書『裸のランチ』をゆっくり紹介するよ』(書いた本人すら読めなかった奇書『裸のランチ』をゆっくり紹介するよ - YouTube) (2018年11月4日投稿) を見てほしい。
私も実際にこの本を読んでみたが、そこまで崩壊はしていないものの、1つのストーリーとして理解するのはなかなか困難だった。
カットアップを自身のネタに
コウメ太夫は、自身のさらなるステップアップとして、一発ネタにロマンスやストーリー性を盛り込んだ。それに飽き足らず、ウィリアム・バロウズの手法を参考にして、そのネタをランダムに混ぜ合わせたのではないだろうか。
人間とAIの壁
『裸のランチ』は書いた本人ですら、意味が理解できていない。きっとコウメ太夫も同じように、自身が書いたネタの意味を理解していないだろう。
最近では、AIによってコウメ太夫のネタが作られたりもしているが、AIは個別でネタを考えているため、どうしても彼が持っているニュアンスを再現できていない。もし本当に彼のネタを再現したいのであれば、カットアップも盛り込んだ、より複雑なアルゴリズムを組む必要があるだろう。
偶然性と考察、そして現代芸術へ
コウメ太夫のネタには、本質的には意味がないが、最初に紹介した2つめのネタのように、偶然関連性が見つかることもある。
つまり彼のネタは、私たちが考察するという過程を通して初めて成立するのだ。そうした意味で、コウメ太夫のネタは現代芸術と呼んでも差し支えないだろう。
そして彼は、自分のネタがカットアップであるということを示すために、相互に入れ替え可能な2つの代表的なネタを用意したのだ。それ以外のネタは複雑に入れ替えられているので、対応関係を見つけるのは非常に難しい。
おわりに
ここまで私の考察を述べてきたが、どうだっただろうか。コウメ太夫をただの意味不明な芸人ではなく、高度な芸術性を持った詩人としての側面に気づいていただければ幸いだ。
気になった人は、ぜひ彼のTwitterも覗いてみてほしい。
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