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シュティフターの「ブドー酒を冷やす道具」

小説に出てくる道具で、現代の生活では見たこともないようなもの、だけどなんだかすごく便利そうだったり、仕組みがどうなってるのか気になったり、ぜひ手に入れて使ってみたいと思ったりするもの、ありませんか。

noteのマガジン機能を使ってそういうものを集めてみようと思い立ちました。(いつまで続くかわからないけど)

まずは、19世紀オーストリアの作家、シュティフターの作品から。シュティフターの文章は細かい描写が多く、ときにかなり執拗で、本筋にはあまり関係なさそうな部分も多い。その分ストーリー展開が滞るので、まだるっこしくて苦手という人もいるかもしれないが、生活をとりまく環境や、市井の人々の暮らしやそこに欠かせない小さなモノへの慈しみのようなものが感じられて、個人的には非常に好きだ。

特に、登場する道具類の描写がとても詳しくて、そのせいでそれらの道具がとても魅力的に感じられ、見てみたい、持ってみたい、使ってみたいという欲がとても刺激される。

シュティフターで一番有名なのはおそらく、作品集「石さまざま」の「水晶」だろう。クリスマスが近くなると毎年読み返したくなる。この中では、おばあちゃんが自分で炒ったコーヒーを濃く出したものをつめた瓶がとっても気になる。ガラスなのか陶器なのか。どんな栓がしてあったのか。なかなか取り出せないくらい布が巻きつけてあったようなのだが、どんな素材だったのか…

初めてこれを読んだとき(忘れもしない、朝の混雑した東海道線の中だった)、子どもたちがおばあちゃんちからの帰り道に、夜の雪山で遭難しそうになったシーンまできて、「あのコーヒー!あれを飲め!とにかくあのコーヒー!」と心のなかで思い切り叫んでしまった。

それ以上に気になるのが、「石灰石」に出てくる語り手「わたし」の持ち歩いてる荷物。「わたし」は公務員で、いろんな土地に出かけていって測量をするのが仕事らしい。あるとき、派遣された土地でものすごく粗末な服装をし、誰も住みたがらないような過酷な自然環境で暮らしている牧師に出会う。酷い雷雨に見舞われ、この牧師の粗末な家に一晩泊めてもらうことになる。

わたしは、いつも、製図用具や図面や、測量道具の一部などを入れたケースを、革紐で肩にかけていた。ケースのわきにカバンをむすびつけ、それに、正午のパンと、ブドー酒と、コップと、ブドー酒を冷やす道具を入れておいた。

さらに、その前の描写によれば、急に雨に降られてもいいようにカバンには「コハク織の防水マント」も入れてあるらしい。

だが、ここで気になるのはなんといっても「ブドー酒を冷やす道具」である。

当たり前だが、クーラーボックスとか急冷装置とか、そんなキャンプ道具はない時代。全編にわたって、登場人物たちがいかに質素でつましく、控えめな生活を送っているかを連綿と描写しているなかで、「ブドー酒を冷やす道具」って?

牧師の家で提供された食事はあまりにも質素で、牛乳と黒パン数切れと苺だけ。牧師の前で、外で食べるはずだった昼食の残りとワイン等を取り出す「わたし」は、自分がいつも出先でどんなふうに食事をとっているかなどをくわしく話す。

それから、ブドー酒をどういうふうに冷やすか、かれにやってみせた。コップを、綿類をつめた箱のなかに立て、この綿に、エーテルというごくかるい液体をしみこませる。これは小瓶に入れていつも携帯している。この液体は、すぐに激しく蒸発して熱を奪うので、ブドー酒は酒蔵からいま出してきたばかりのように、いや、氷のなかに入れておいたように、気持ちよく冷えるのである。

このあと、冷やしたワインを山の湧き水で割って飲むのである。

意外に仕組みは原始的。エーテルの入ってる瓶はどんなものか、コップ1杯のワインを冷やすのにどれくらいの量のエーテルが必要なのか、綿類をつめた箱ってどんな箱なのか…見てみたい、できれば自分でも試してみたいと思うのである。化学の知識ない素人が適当に試したら危険だろうか…

このあと、貧乏牧師は「わたし」に、なぜそんなに質素な生活を送っているのかを話すことになる。そして、貧乏生活のなかでもひとつだけ手放せない「贅沢品」のことも。これがまた、ものすごく魅力的なモノであり、その背景にある物語もものすごくロマンティックなのだ!

さて、これを書きながらググってみて初めて知ったが、「石灰石」も何度か映像化されているようだ。「水晶」はもともと映像的な作品だが、この地味な「石灰石」が映像化されているとはちょっと驚き。いつか見てみたいものである。

で、この記事のヘッダー画像には、イタリアの監督Maurizio Zaccaroが「石灰石」を映画化した"La valle di pietra"(1992)の画像を使わせていただいた。

1982年にオーストリアでもImo Moszkowicz監督により映画化されていて、そのひとコマはこちら。背景が石灰石ですな。

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シュティフターの「石さまざま」はいくつか翻訳が出ているが、私がいつも読んでいるのは、そしてここで引用したのは、この岩波文庫です。


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