インドで叫ぶ「なんでやねん!」① 〜ディピカの親切心〜
7年前のちょうど今頃、わたしはインドに飛んだ。
いわゆる“高飛び”とかいうドラマティックな類のものではなく、転職した会社で派遣されたのがインドだった。100人ほどのインド人スタッフに囲まれながら、新米マネージャーとして、ドタバタ生活を1年間送ることとなる。
そこで起こった、さまざまな「なんでやねん!」な事件や事象を覚えている範囲で綴っていきたい。
まず、最初に思い浮かんだのは....
魅惑の経理美女、ディピカちゃん
このお話の主役である経理担当のディピカちゃんというと、顎のラインがシュッ↗️、口角がクッ↗️の控えめサイズおくち、くりくり黒目がちな瞳で、さらに小顔。隣に並ぶのが恥ずかしいくらい、端正な顔立ちの持ち主。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花
という言葉がよく似合う女性だ。姿勢も行儀も良く、所作が綺麗。残業で帰りが遅くなってしまった日は、社用車で彼女を自宅近辺まで送ることがあるのだが、オフィスの扉の前で車を待つ時、手を前で結び、爪先もきっちり揃い、姿勢良く凛として、つい見惚れてしまうほどだ。小柄なので、話をする時、彼女は自然に上目遣いになるのだが、もしわたしの恋愛対象が女性だったら「惚れてまうやろー」と言っていたに違いない。ボリウッドスターをのぞいて、ここまで手放しで「かわいい!」と思えるのは、1年間住んでみても、ディピカちゃんだけだなぁ。
また、性格も大人しいので、無駄口をしない。彼女は他のスタッフとほとんど話すことはなく、話したとしても業務に最低限必要なことをインド人マネージャーと私に相談するくらいで、勤務中は黙々と経理作業を行うのだ。計算も早く、入力も正確なので、経理としての業務もそつなくこなすのだ。
職場は、わたしを含め幹部+総務+経理のオフィス組と、実際に作業を行う現場組に分かれていた。そのうち日本人はわたしと社長のみなので、インド人率がかなり高い職場だ。オフィス組のインド人メンバーは固定されていたが、現場スタッフは時期によってメンバーが変わり、人数も変わる。閑散期は20名、繁忙期には総勢100名ほどになる。現場スタッフも含め、ほとんどが男性ばかりで、女性といえばわたしとディピカちゃんだけだった。年齢も近く、同性ということもあり、わたしはインド人スタッフの中で、ディピカちゃんを一番信頼していた。
ディピカを守れ!
オフィスは現場敷地内の一角に設置されており、オフィスの戸を開けばすぐ現場、という具合だった。逆に、現場からもオフィスを覗き見ることができるのだが、オフィスと現場の境となっていたガラス窓には目隠し加工がされていた。初めは個人情報の管理とかを行うので、セキュリティー上、そうしているのかと思って言った。
が、この目隠し加工は「ディピカ防衛対策」だそうだ。
日本人社長曰く、オフィス外の現場で働くインド人の男性スタッフは密かにディピカちゃんに憧れている。わたしが入社する前のことだそうだが、ふだんメガネをかけているディピカちゃんがメガネを忘れてしまった日があったそうだ。すると、NOメガネのディピカちゃんを見たいがために、現場スタッフが大した用もないのに、オフィスに次から次へと出入りしたそう。それ以来、ガラス窓に目隠しをし、現場スタッフの集中力を欠かない対策およびディピカちゃんを守る対策が施されたとのこと。
ディピカちゃんは現場スタッフにとっては、いわゆる高嶺の花というわけだ。
ディピカちゃんとわたし
そんなディピカちゃんとわたしの関係はとてもよかった。彼女は大人しいし、わたしが上司という立場だということもあり、彼女から話しかけてくることはなかったが、わたしが話しかけると、明らかに他スタッフと話している時よりも表情が明るく、自然な笑顔が多く見られた。一度、わたしのパンジャビ(インドでよく着られている服の一種)を見立ててくれると、一緒に休日お出かけしたこともある。
ある日、仕事帰りに、食事の話で盛り上がった。
もともと、渡印する前は、インドカレー好き!というわけではなく、それを食したのも数回だけ。なので、”本場のインドカレー”に興味があったわけではなかった。そして「まぁ、せっかくインド来たし?」と食べたものの、残念ながらそこまで感銘を受けることはなかった。ただ、忘れてはならないのが、「日本料理=寿司」ではないように、「インド料理=カレー」ではないことだ。わたしにも好物のインド料理がある。
そこで、わたしはその日の車中で、何気なく「アルパラタは大好きなんだよね」と言った。アルパラタ(Aloo paratha)とは、マッシュポテトとスパイスが生地にぎっしり練りこまれたパンだ。インドのジャガイモって本当に美味しい。ストレスなくのびのび育っているからだろうか?身がしっかりしていて、(ジャガイモに対する比喩表現ではない気がするが)なんかもっちり。そのジャガイモでできたアルパラタは、どこのレストランでもハズレがなく、少しずつ店によって味が違うので、おもしろい。
すると、ディピカちゃんが「アルパラタ!わたし、作るの得意なんですよ!」と目を輝かせた。
「えー、そうなの。一度、ディピカちゃんのアルパラタ食べてみたいなぁ」と、『わたしはどこぞのチャラ男か!』と軽ツッコミを心の中でかましている隙に、ディピカちゃんが「いいですよ!明日作ってきますね!!ランチ楽しみにしててください」と嬉しいご返答。
こりゃ、楽しみだ。いや、めっちゃ楽しみ!!ディピカちゃんのアルパラタ!(って、わたし、、、なんかキモい?と思ったが、それは気づかなかったことにする。
やさしいインド人スタッフ
翌日、いつもの時間に出社すると、ディピカちゃんがいない。
総務のスタッフに遅刻の理由を聞いたが、特に連絡は来ていない、と。
たぶんインドあるあるなのだろうが(あるいは、うちの会社だったりして?!)、インド人スタッフは出社時間があいまいだ。初めて聞いた時は、なんだそりゃと思ったが、案外慣れるもので、大体のスタッフが結構な頻度で無断遅刻・欠勤してくる(このトピックについては別の機会にとりあげたいものだ)。特定のスタッフではなく、まんべんな〜く遅刻する。示し合わせたかのように。なので、現場スタッフの稼働率は常に2割オフして考える。オフィス組はそこまでひどくはなく、無断で遅れたり欠勤することはないものの、月1回くらいの遅刻は”普通”だ。
ただ、そでまでディピカちゃんが遅刻や欠勤をしたことがなかったので、少し驚いたと同時にがっかりした。
嗚呼...アルパラタ...わたしのランチ。。
わたしもつくづく呑気なものだ。
その日は業務に追われ、ランチを外に食べに行く暇がなかった。そのため、事情を知っているオフィス組のみんながランチのないわたしを気遣い、自身の愛妻弁当から少しずつ分け与えてくれたのだ。
『え、めっちゃ優しい〜。全部カレーだけどね〜。でも、優しさというスパイスでより美味しく感じる!』とハートフルなランチを楽しんだ。
そのあとは、午後の業務に忙殺され、ディピカちゃん不在のことを忘れかけていた。
ディピカちゃんご出勤
午後2時ごろだったと思う。
ついに!ディピカちゃんのお成〜り〜。
急ぐ様子も悪びれる様子も皆無だ。逆に、こちらがそわそわしてしまうよ。しかし、一応、ここはマネージャーとして注意した方がいいかと思い、なぜ遅刻したのかを問うと、ディピカちゃんが少し照れた様子で、鞄の中からほくほくした何か取り出した。そう。手作りアルパラタだ!
いや、いろいろ遅ーーーっ!!!どういうこと?どういうことなの、ディピカちゃん?
あくまでも、わたしの推測ではあるが、
マネージャーたってのお願い▶︎おいしいアルパラタ作らなくちゃ!▶︎出来立てがやっぱり一番美味しい!▶︎つまり、出社時間には間に合わない▶︎遅刻しちゃうけど、マネージャーが許すはず▶︎だって、マネージャー直々の依頼だもん
うん。OK、遅刻の理由を百歩譲ったとして、それでも出勤遅くない?いつもオフィスのランチ休憩はだいたい正午じゃないの。知ってたよね、毎日のことだもんね。でも、あきらかに正午’から’作り始めてはいないかい?逆算しようよ。そして、そんな屈託のないウキウキ顔で渡されても....いや、かわいいけど!しかも、ラッシーまでセットで持ってきてくれて....いや、やさしいけど!
でも、わたしのお腹は他スタッフの優しさで、たぷんたぷんなのよ。
そう、ここはインド
なんとも複雑な感情になった。
わたしは、彼女にがっかりしたのだと思う。「他スタッフならまだしも、あのディピカちゃんが?信頼していたのに。そういうことしちゃうんだー」と裏切られたよう気持ちになった。でも、「がっかり」というのはわたしの物差しで彼女を測っていて、それに合わなかったということ。自分勝手な感情だ。
いくら信頼できる子であっても、やはり育ってきたバックグラウンドが違うのだから、驚かされることもあるだろう。他国で生きていくということは、その度合いも当然大きくなる。それを、彼女のせいにするのは少し違う。わたしの”普通”を押し付けてはいけない。
問題は、”ディピカちゃん”が遅刻したことではなく、”オフィス組スタッフ”に会社のルールがわかっていない人がいた、ということ。なので、シンプルに「欠勤する時や遅刻する時は、事前に連絡してね」と再確認・注意して、おしまい。がっかりする要素は、ない。
「わたしはインドで生きている。そう、ここはインド。うん。」
彼女のアルパラタはおいしかった。