「Luba」
世界一周9日目(7月7日)
15時にビタリィに昨日のワークショップで描くことになった原稿を渡すと僕は暇を持て余した。
ウランウデ行きの列車は深夜12時にハバロフスクを出発する。23時にビタリィがホステルまで迎えに来てくれる予定だ。それまで何をしよう?
「クァバス」というパンを発行させた、ちょっとビールに似た酸っぱさのジュースがある。
屋台で12ルーブル(36yen)のクァバスを飲んでいると、日本語に達者なロシア人に出会った。
彼の名前はグシャ。
システムアドミニストレーター(ってなんすか?)の仕事に就く、ハバロフスク在住。アニメ大好き。大学で2年日本語を習っただけだっていうのに、日本人の僕が何の違和感もなく喋れてしまう男だ。
「なんでそんなに日本語が上手なの?」って訊いたら「アニメとかが好きで自然に覚えちゃったんです」と言ってのけた。
「浪人」とかいうワードもアニメから覚えたってんだからすごい…!
グシャと話しているとクァヴァス屋の女のコも話に加わって来て、「私も日本のアニメが大好きなの!」ということで初対面の三人が一気に打ち解けた。日本のアニメ・漫画文化の支持率にはほんとに驚かされる。
クァヴァス屋の女のコの名前はLuba。14歳。なんと昨日が誕生日だったらしい。ロックテイストのファッションがキュートだ。
僕たちはしばらく日本のアニメ(時々アニメも漫画も一緒くたで「アニメ」って言う)の話で盛り上がった。
気分の乗ってきた僕はおもむろにギターを取り出した。
路上ライブだ。グシャとLubaちゃんが見ててくれるんだ。心強い。
別に稼ぐつもりは全くなかった。せっかく会った二人にちょっとでも楽しんでもらえたらという気持ちでギターを弾きたかったのだ。
選曲はELLEGARDENの「風の日」と奥田民生の「さすらい」。
ハバロフスクの空気を胸一杯吸い込んで唄った。
ものの数分でコインが「ジャラ」っと入った。
なんとロシアでやった人生初の路上ライブでお金がもらえてしまったのだ!!!壊れて、ガムテープで修繕した、音のひずむこのギターでだよ!ハバロフスクの人たちはなんて粋なんだ!
ハニカミながらも「スパシーバ」とつぶやき、唄い続ける僕。
唄いだすこと十数分。
「日本語少シ話セマス」と今度は日本語が少し話せる奥さんと
おっちゃんが声をかけてきた。
「もっと日本語の曲を歌えや!」そんな感じで僕の目の前にどんと構えるので、僕もそれに応えたおっちゃんの目の前で唄った。
「パサッ…」
パサッ?
見るとギターケースの中に1,000ルーブルが入っていた。
「す、す、すうすすす
すぱしぃ~~ばっっっ!!!」
ほんと信じられない!
おっちゃん気前良過ぎ!!
ここで欲張ってライブを続けて、警察に怒られるのも嫌だったので切り上げることに。
やっぱりこのお金は自分で稼いだ気がしない。グシャやLubaが僕のことを見ていてくれたからだ。そんな気がした。
ここで僕はひとつのアイデアを思いついた。
Luba、昨日が誕生日って言ってたよね?この稼いだお金で誕生日プレゼントを買おう!
「プレゼント何がいい?」って訊いても、「別になにもいらないよっ!」と遠慮するLuba。
何言ってんの?別に高いもの買うわけじゃないし、いい事はみんなでシェアしたほうがいいじゃん?
「ちょっと待ってな!なんかプレゼントしてやっから!」的な気前の良いあんちゃん気取りで、グシャとハバロフスクの街のショッピングストリートに繰り出した。
僕とグシャは2時間ハバロフスクの街をさまよった。女のコにプレゼントっていっても、服やアクセサリはーは高いし、センスが問われる。それに僕は漫画家でグシャはオタクだ。果たして女のコを喜ばせるプレゼントを買うことができるのだろうか?
途中、僕と同じホステルのCindyとばったり出会った。
『これは最高の仲間が加わったぞ!』と
彼女に女のコが喜びそうなプレゼントが何か訊いてみた。
「ロシアチックな
アクセサリーとかいいんじゃない」
ちょっと待ってCindyちゃん、それは自分の国の友達へのプレゼントだったらいいけど、ここはロシアだぜ?高度なセンスが問われるし、プレゼント内容によっては「ダサい」に針が振れる可能性の方が高いよ?
「Cindy、もし今日他になにか予定があるなら気にしないで行っていいからね」って言ったら。
間髪入れずに「See you again!」と言ってその場を去っていった。ちくしょう!見切りをつけられた!
「あのぉ、シミさん、そろそろお店閉まりますよ…」グシャが疲れた声でそういった。
ロシアのアパレルショップの大半は平日は20時、日曜日は19時に閉まるのだ。
僕たちは途方にくれた。
残された手段は、20ルーブルのパンの中に1,000ルーブルを挟んだリーサルウェポン的サプライズしかないのかぁっ!
(Cindyは「ロマンチック!」とか言ってました。そうか…?)
間違って1,000ルーブル札ごと喰っちゃったらどうしよう?
「もしかしたらいいストラップとかあるいかもしれません」
そう言ってグシャは24時までオープンの電化製品のお店に入った。
うーん…微妙じゃないか?
「イヤホンとかいいかもしれませんよ。でもなぁ、ロシアとかのは性能が良くないからなぁ...すいません、Sonyの白いイヤホンってありますか?」
おいおいグシャ、それは君の好きなものだろ?この家電好きめっ!
と、カウンターの裏から出て来たのは
いい感じのカナル型イヤホン。
あっ!これいいじゃん!
「決めたよグシャ。これでイヤホンが1,000ルーブル以下なら買う!」
グシャと店員がロシア語で何か言っている。
「で、いくらだって?」
「1,590ルーブルです」
う"っっっっ…
おれがお金を出せば買えなくもない….
その時僕らはもう完璧に退けないところまで来ていた。
「オーケー。おれが500ルーブル払うよ」
旅人には手痛い出費だが。もうなんの勝負だかわかんないけど、退けなかった。
「じゃあ僕も250ルーブル出します」
「えっ!グシャ、おれが勝手につき合わせたんだし、出さなくっていいよ!」
「昨日給料日だったので、大丈夫です」
ってグシャ…
なんていいヤツなんだ。
Lubaのいるクァヴァス屋に戻ると、彼女の同級生たちが立ち寄っていた。
「はっぴば~すで~とぅ~ゆ~!!!」
アホみたいにテンション上げて周りを巻き込む。
同級生たちは「なんだ?この変なヤツらは?」と唖然…w。
「これ、誕生日プレゼント。大事にしてね!」とプレゼントを渡す。
「せんきゅぅ~~~~~っっっ!!!」っと言ってLubaが抱きついてきた。
あぁ。なんだろう?この満たされた感じは?
日本では笑顔や愛想までも要求されるサービス。ありふれたものだと思っていたけど、ここロシアに来てからは違った。
ロシアのことばを喋れない僕に、ロシア人は時として冷たかった。
だからこそ、Lubaが笑顔でクァバスを売ってくれた時、僕は嬉しかったのだ。お返しに君のことを喜ばせたかったのだ。
"I want to share happiness"
今日の経験はお金じゃ買えないよ。
そうだろグシャ?
プレゼントを渡した後は、屋台の近くで
僕らは笑い、唄って、話をした。
20時になるとみんな店終いをし始め、
僕くは彼女たちに別れを告げた。