「天国と地獄」
世界一周17日目(7/15)
今僕がどこにいるのかというとキャフタの駅でこの日記を書いている。
Wi-Fi?もちろんそんなもの、こんな片田舎の町にはない。
列車に乗った時の僕はまさか今こんなことになるだなんて1ミリも予想できなかっただろう。
その日、僕は賭けに出た。
朝イチでキャフタの切符を買いに行って、チケットが取れるかどうかという旅の賭けだ。
今泊まっているホステルは人気の宿らしく、僕の次に誰がベッドを使うかが決まっていた。そのため今日中にはホステルは出なければならなかった。拷問の様に重たいバックパックと一緒に。
もし、当日のチケットが取れなかった場合は新しい宿を探さなければならない。成り行きまかせの運任せ。背水の陣ってやつだ。
僕はここに立ち止まらずに、ゴビ砂漠への冒険へと繰り出したかったのだ。
朝7時にホステルを出た。
バックパックを背負って2キロの距離。モンゴルの朝は半袖では少し肌寒かった。
この2週間でバックパックの重さにも慣れた気がする。テントや衣類をこまめに捨ててきたおかげでもあるが以前よりバックパックを背負ったまま長居距離を移動できるようになった(とはいえ30分も歩けば汗だくになってしまうのだけれど)
7時半にウランバートルの駅に着き、チケットを買としたのだが、
モンゴル人は並ばない人たちなのであろうか?僕が待っている横から
窓口に手を差し込み自分のチケットを買って行く。
僕はなんとか自分の順番を勝ち取った。交渉手段はロシアに引き続き筆談だ。
キリル文字で書いた駅名を見せるとチケットはあっさり買うことができた。
16:30の列車でチャイルの町に到着するのは22時だが、駅で一晩過ごせばいいだろう。6時間の列車の旅、なんとか乗り切れるだろう。これで前に進める。
それまでの時間、僕は手持ちのルーブルを両替したり、軽食を取りながら漫画の下書きをした。
初めてバター茶も飲んだ。コッテリした飲みごたえだった。日本人の僕には飲み慣れていない味だ。
2時間前に駅に向かった。
ウランバートル駅は3つのホームからなり、駅構内で無料のWi-Fiが使えた。僕は昨日の出来事をブログに書き起こし、時々、まったく読み込まなくなる
モンゴルのWi-Fiに苦戦しながらも記事を書き上げた。
40分前に列車が到着した。ロシアで見たのと同じ型だった。
僕はチケットをポーターに見せ、自分の席に着いた。
モンゴルの列車はとても長く、そして速度も非常にゆっくりだ。
30分も走ると周りは一面草原へと変わり、同じ様な風景が繰り返し流れて行った。
列車が出発する前にウェスタンブーツのような長靴を履いたおっちゃんが、僕の前の席にどでかい荷物を置いて行ったっきり戻ってこなかった。
なんなんだ?自分の席以外に荷物を置くのもモンゴルではありなのか??
途中の駅で家族が入ってくる。ここが私たちの席だと言う。
そんなはずはない。ちゃんと僕の切符には「73番」と書かれている。
すると、相向かいの2席に付属していたテーブルを変形させ、僕の席は長いベンチのような形になった。
母親一人と、4人の子供。まだ小学生くらいの年頃であろうか。僕は彼らと楽しいひとときを過ごした。
虫歯のお転婆4女が6時間ぶっ通しではしゃぎまわる。
自分も同じ様な時があったかもなあ。ちょっと微笑ましい。
彼らもチャイルまで向かうと言う。頼もしい。これで自分の降りる駅が分かる。
僕は彼らにロシアのルーブルコインをあげた。
21:30にようやく列車はチャイルに到着した。
さて、待合室はどこだろうか?
するとさっきまで一緒に乗っていた3人の子供たちが僕に何か楽しそうに話しかけてくる。
これは『どこに泊まるの?ウチにおいでよ!』的な感じなのだろうと勝手に解釈した。お母さんとも列車の中では何度か顔を合わせていたことだし、交渉次第でソファくらいなら寝かせてくれるのではないか?
そんな都合の良い解釈と甘い考えを頭の中で展開させて、子供たちと遊びながら彼らについて行った。
10分以上歩いただろうか?
僕はだんだん不安になってきた。
ずいぶん駅から離れてしまった気がする。明日の朝、ひとりで駅まで戻って来れるだろうか?
チャイルの町は電灯の数が少なく、真っ暗と言ってもいいくらいだ。野良犬の数も多い。よくこんな場所を子供たちだけで歩けるな。母親と一番下の子は先に荷物を置きに帰ったのだろう。
僕は子供たち3人の後をついていったのだが、だんだん雲行きが怪しくなってきた。
「えっ?おにいちゃん、なんで私たちについてくるの?うちまでくるつもりなの?」そんな雰囲気まんまんで僕に話しかけてくる。
モンゴル語は全く分からない。けれど、なんとなく伝わるのだ。
ここまでついてきて見放されたら、僕は真っ暗なチャイルの町を一人で駅まで戻らなくてはならない!
フードをすっぽりかぶってタバコをふかす若者たちもチラホラ。バックパックを背負って歩いていたら襲われるんじゃないだろうか?冗談じゃない!
僕は必死になって3人にジェスチャーで頼んだ。
「なあ、さっきロシアのコインあげたろ?お願いだよ。一晩でいいから君の家に寝かせてくれないかなぁ?」と頼んだつもりだが、3人は「ハンコロ!フンコロ!」みたいなことを言って話が前に進まない。
「そうだ。パパかママに訊いてみてくれないかなぁ?」と身振り手振りを交えてお願いすると3人はケータイで連絡をとってくれた。
電話のおかげで何か回答らしきものを得たようだ。だが、それがホームステイのイエスなのかノーなのかわからない。「オーケー?」さえも通じないのだ。
3人が歩き出すと僕もついて行くのだが、心なしか彼らの歩調が早くなった気がする。
「まずいぞ!ヤツら僕のことを巻く気だ!」
僕は一瞬でそう理解した。
できるだけフレンドリーに接してながらも必死で僕は子供たちについていった。
途中にある大きな水たまりで僕たちは立ち往生することになった。
モンゴルのえぐれた地面に雨水が張っていて、進むことができない。迂回するほかないのだろうか?
大きな水たまりの前で立ち止まっていると後ろから車が来た。3人の両親が彼らをピックアップしにきたのだ。この交渉をなんとしても成立させなきゃならない!
僕は「千と千尋」に出てくるお父さんみたいな人に懇願した。
「one night stay ok?」
身振り手振りに加えて僕の切迫した状況も、
『ここで見放されたら終わりなんだ!』
という気持ちも声に込めてお父さんに頼んだ。
「フェー!」そうお父さんが言う。
「の、乗れ」って言ってるのか?
僕は「ok?」と手を交差してNGサインを交互に繰り返したが、どうやら乗っていいらしい!助かった!これで今晩は寝る場所に困ることはない。
車は30メートル進んで止まった。お父さん振り返り「降りろ!」とジェスチャーする。
一瞬理解できなかった。
あ…、、、、なるほど…ね。
水たまりを越えるために車に乗せてくれたってことね。
僕は真っ暗なチャイルの町に一人降ろされた。
「なんなんだ?モンゴル人は!?
イエスかノーかはっきりしろよ!」
僕は自分に明らかな非があることも忘れてプリプリしながら夜道をずんずん歩いていた。月に向かって進めば駅に辿り着ける。最悪の場合のことも考えていたのだ。
来た道を戻り始めた瞬間、急に犬が威嚇してきた。
昼間は人懐っこく、人を襲う気配を感じさせないモンゴルの野良犬たち。だが、夜になると彼らはよそ者に対して警戒心をむき出しにするのだ。
僕の脳裏に「狂犬病」の文字が反芻された。
ここで急に走り出してはダメだ…。僕は犬を飼っているので知っている。
ヤツらは逃げるものを追う習性がある。
僕はなるべく自然に野良犬と距離を取りながら駅を目指した。
どれだけ注意して歩いても辺りは野良犬だらけだった。
僕は意を決してたまたまスーパーに入り込んだ。
「アイム、ヤポン!ヤポン!
ワンナイトステイ、オーケー?」
スーパーの汚い玄関でもいいから寝床を提供して欲しかった。
店主のおばちゃんとその娘は困った顔をする。
(んなこたぁ分かってんだよ!
こちとら死活問題なんだよ!)
「ほんとすいません、どうかー...
ここに泊めさせていただけないでしょうか?」
英語も通じないこの国で僕はついに日本語で頼み込んだ。
そして、バックパックを背負ったままゆっくりと膝をつき、「お願いします…」と言った。
おばちゃんは苦笑いをして、手招きする。
よしッ!やったぞ!
これでなんとかー…
えっ?お店の中じゃだめなんですか?
そ、そうですよね。商品もおいてありますしね。
僕はおばちゃんに指示されるままお店の裏にあるおばちゃんと娘の自宅に招かれた。
こんな状況下で写真なんて撮ってられない。
寝袋を敷いた後、おばちゃんは僕に今後の予定を訊く。
僕は自転車で世界一周を成し遂げた石田ゆうすけさんの「絵によるコミュニケーション」を思い出し、
手帳に今晩だけ泊まらせてもらうことと明日タクシーで次の目的地へ向かうことを伝えた。
するとおばちゃんはケータイでなにやら急がしそうに連絡を取っている。娘さんもケータイでしきりに「ヤポン」とか言っている。
この時思い浮かんだシナリオは
これからすぐに家の前までタクシーに来てもらい、厄介払いをする
か
明日のタクシーの手配をしてくれる
かだ。
僕は雨に濡れた捨て犬のような目で「ここで一晩寝ちゃだめですか?」とジェスチャーで訊く。
おばちゃんは「大丈夫!大丈夫!」みたいに手をブンブン振る。
そうだよな。寝袋まで敷かせておいて、ここから追い出すわけないもんな。
それよりおばちゃん、もう寝ていいかな?今日は色んなことがあり過ぎて疲れてるんだー…
「ブロォォォ…」
なんか外にタクシー来てるっぽいっっっヽ(;▽;)
「早く身支度しな!」的なジェスチャーやってるよ!
僕は苦労して寝袋をたたんだ後、言われるままに再びバックパックを背負って外に出た。
だが、タクシーの姿は見えない。
「タクシーあっち!」と駅の方角を指差し、おばちゃんは自宅から僕を締め出した。
「マジかーーーー…(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)」
星がとてつもなく綺麗な夜。
僕はチャイルの町で怯えていた。
ちょうど閉め出された家の裏は、さっき3人と立ち往生した大きな水たまりの対岸であった。
僕はKEENの靴をぐしょぐしょにしながら「ファック!」と呟きながら月の見える方向に進んだ。
バス停に不良少年たちがたむろしている。もう、お前らなんて怖くねえ。
こっちをじっと見てくるので、僕はサムズアップを決めてやった。
すると、こっちに来て唄えと言う。
みると一人はアコースティックギターを持ってるではないか!
僕は仲間ができた気持ちで彼らの元へ向かった。チューニングもバラバラのギターに僕は持っていたKORGのチューナーでチューニングしてやり、深夜のチャイルの町でを大声で唄った。
そして彼らのタバコを一本奪い、久しぶりにタバコを吸った後、彼らのモンゴリアンミュージックに耳を傾け、駅になんとか辿り着いた。
今、僕はチャイルの駅でこれを書いている。
もう眠い。
校内にあるベンチの上が今晩のベッドになるだろう。
ここまで読んでくれて
ありが、、とーーー…_(x3」z)_スヤァ