「旅人が患うアレについての話」
世界一周26日目(7/24)
今回ここに書くのは旅人ビギナーが避けては通れないアレの話だ。
けれどみんなが触れたがらないこと。
そう。
「diarrhea」
(下痢:ダイアリーア)」ね。
僕はここ数日間コイツに悩まされている。
原因は言うまでもなく食事だ。
ダランザドガドでゲルにホームステイした際に飲んだ馬のミルク以降、僕のおなかはとてつもなく弱っているのだ。
たまに『あっ!回復したかな?』って思うときがあるんだけど、またすぐにおなかが「ピュルピュル」鳴りだす。病院に行くほど重症ではないのだが、これがなかなか治らない。
一応正露丸は持って来たんだけど、極力薬には頼りたくない。
(いや頼れよ!)
だって僕の旅は始まったばかりなんだぜ?
(と格好つけてみるもーーー…、ふぐぅ!)
モンゴルに入ってから初めてトイレットペーパーを買った。
バックパックとサブバッグに1個づつ入っている。
『あっ、今日はヤバいな…』って時は携帯ウォシュレットをサブバッグに忍ばせるのだ。
そして、旅を始めてから疑問に思った。ダイアリーアってどう治すかということを。
日本にいた時はそこまで考えなかった。『ほっときゃ治るっしょ下痢なんて』。下痢は一過性のもので、一日経てば治る病気。
だがここは日本じゃない。いくら食事が体に合わないからと言っても、ここで食料を調達してそれを口にしなければ生きていくことはできない。
「ちゃんとした場所で外食すればいいんじゃない?」っていう正論を吐くヤツもいるだろう。僕は貧乏バックパッカーであることに対して矜持を持っている。
UB(ウランバトール)を朝9時半の列車に乗って離れた。今回の座席のグレードは「コンパートメント」だ。前回の「sitting」でかなりの地元感だったが、今回は見るからに快適そのものだった。
僕は若い夫婦と同室になった。ギターをうるさくない程度にポロンポロン弾くと、彼らは僕に温かく接してくれた。
時に音楽は人と人を結びつける些細なきっかけになる。
10時半になって夫婦は遅めの朝食を取り出した。
長距離列車のある国のみんなの準備ってすごい。
ロシアでも見かけたパンにソーセージ、トマト、キュウリ、ゆで卵にモンゴルならではのボーズ。奥さんは小さい折りたたみナイフを器用に使って材料を切っていく。
僕は感心して見ていると、彼らは僕にも朝食を分けてくれた。
前回、チョイルまで8時間もかかったのに対して、寝台列車で行くと6時間で到着した。
どこかの駅で列車は20分くらいの停車をした。僕は駅に降りてアイスを買って食べた。腹の調子も全快ではなかったのだが、僕はどうしてもモンゴルのアイスを食べてみたかったのだ。ほんの50円もしないような安いアイスだったが、旅先で食べるアイスは美味しく感じられた。
車内に戻ると、奥さんが僕に何かパッケージングされた食べ物をくれた。
アイスだった。
本日2本目のアイス。
にこやかにそれを薦める奥さん。
断れない日本人。
そして僕のおなか…
僕は『う”っ…』という困惑の心境を悟られないように満面の笑みで「バイヤルララー!(あろりがとう!)」と言い、アイスを30秒で完食した。
そして、遅めの昼食を彼らは僕に分けてくれた。
僕が断らなかったのは言うまでもない。
喰える時に喰っておくのが旅人なのだ。
それからしばらくは大丈夫だった。
隣のコンパートメントのガキんちょたちと遊び、(最初は表情が硬かったのに、ギターとハーモニカのおかげで最後の方はしょっちゅう僕たちの部屋に遊びに来てた)
気分がノって来たその時に「ヤツ」が襲来した。
僕は急いで車内のトイレに駆け込んだ。
だがしかし!
扉が開いてない!
くっそー!誰か入ってんのかよ!
日本のトイレと違い、ドアノブに赤いマーク(ほら鍵を閉めると切り替わるじゃん)なんてないし、入ってるのか、意図的に閉められているのかわからない。
僕はやや感情を込めてドアを2回ノックした。
うんともすんとも言わないトイレ。
沈黙…
『テメェ!もう「ヤツ」がそこまで来てんだよ!
入ってんならノックで返事せーや!!!』
別のコンパートメントのおちゃんが苦笑しながら僕に向かって言う。
「just one minute」。
空かないトイレ。
僕の顔は苦悶の表情に歪む。
「ふ、ふぐう…。ヤバい。もうそこまで来てる…」
「just one minute!」
おっちゃんそれさっきも言ってたから!
「ぐ、、、、ぐうぅ…。
もう10分くらい待ってるんですけど…。
これで中から人が出て来たら、
頭をおもいっきりひっぱたいてやろうか?」
忍耐が殺意に変わりつつある…
沈黙を守るトイレ。
列車は停車していた駅を離れ速度を上げる。
「ゴトンゴトン…」
電車は僕の気なんて知らず線路の上を走り続ける。
「ぬぐぅぅぅぅ…」
どれくらい待っただろうか?
1秒が長く感じられた…
白目を剥きながら耐えていると添乗員さんが向こうからやって来た。トイレの前で悶えている僕を見て状況を察知したのか「I"m sorry」と言った。茶目っ気たっぷりに。
「ガチャ…」とトイレのドアが開いた。もちろんそこには誰もいなかった。
というのもロシアやモンゴルのトイレは汲取式ではなくそのまま線路に流してしまうため、駅が近づくとトイレが施錠されてしまうのだ。
知ってたけど…、キツかった。
30分ほど耐えていただろうか?体は汗びっしょり。僕はすぐさまトイレに駆け込んだ。
その後の僕はずっと横になっていた。
仲良くなったガキんちょがせっかく遊びに来ても、笑顔をつくるので精一杯。
なぜだかモンゴルでは暑い場所では大人も子供も服をめくってお腹を出す文化がある。先程仲良くなった子供もそうだった。
ペロンと出たお腹をこちらに向けて僕のことをじっと見ている。
一瞬僕への当てつけかと思ったが、そうか…モンゴルのガキんちょ共はこうしておなかを鍛えてるのかもしれないな…。
20時に列車はサインシャンドの町に到着した。
ただ列車に揺られていただけなのに、冒険をしてきたかのように感じられた。
目的地に着いただけなのに達成感を味わうことができた。
今もこの世界のどこかにいる旅人たちはどうやってアレと付き合っているのだろう?