「モンゴルでの旅する漫画家の日常」
世界一周27日目(7/25)
サインシャンドの町に来てみたかった理由。
ひとつは単純な興味。
もうひとつはここで漫画を仕上げることだ。
泊まったホテルはイマイチだった。
サインシャンドはゴビ砂漠にアクセスできることから、ホテルがそこそこあるのだが、そのいずれも貧乏バックパッカーの僕にとっては高かった。
昨日、タクシーの運転手に見つけてもらった最安値のホテルは20,000トゥグリル。これならUBのゲストハウスの方が安い。他に泊まる場所も見つからなかったのでここに決めたのだが、ここにはシャワーがなかった。
汗まみれで辿り着いた僕はシャワーを心の底から求めていたのだが…
モンゴル人は一体どうやって体を洗ってるんだろう?
幸いホテルに漫画を描くためのテーブルがあったのだが、これがまた絶妙な高さだった。
備え付けの椅子だと低すぎるし、床に座ると高すぎる。
僕は持って来たPennyboardとシーツを折り畳んで高さを調整し、漫画の製作にあたったが、下痢でダメージを受けた僕のお腹もあって思ったように集中できない。
テーブルはほんとうにどうしようもない高さだった。ペンタッチが思うようにフィットしない。
カフェに行って仕上げる事も考えたが、ホテルが高いかったため、我慢した。
この先も行く先々で似たような状況が続くはずだ。ここで描けなければ他の場所でも描けないだろう。創意工夫をもって描くしかないのだ。映画「オン・ザ・ロード」のケルアック(正しくはサル・パラダイス)だったら狂ったようにノートに文字を書き殴っているはずだ。
僕はバックパックを椅子代わりにしてテーブルに向かった。
途中、モンゴル人女性の妨害もあったが、
(たぶん、日本で言う「夜の商売」の方だと思う。話すきっかけはトイレットペーパーを僕が貸してやったことだったが、その後用もないのに僕の部屋に入ってくるのようになった。5分おきにちょっかいをかけてくるので鍵を閉めて居留守を決め込んだ。化粧もアホみたいに濃かったしなぁ。)
僕はなんとか3ページの漫画を仕上げることができた。
意外と早く片付いたので、その日はモンゴル国境の町、ザミンウデまでの切符を買いに行った。
町の中心地から駅までは2キロ。日本だったら歩いて行蹴る距離だが、サインシャンドの町は暑く、乾燥としており、風が吹くと砂が巻き上がった。いつのまにか髪の毛がパサパサするような町での2キロは全くの別物だ。
幸い道路のコンディションが良かったので、Pennboardが役立った(僕はこの旅に愛用のスケートボードを持ってきていたのだ)
僕はすぐにでも出発したかったのでその日の宿泊代を払い込み、サブバックを背負ってここまできた。
だが、筆談で手に入れた切符の出発時刻は「2:08」と書かれていた。
どういうことなのか英語の話せるおっちゃんに尋ねたら、「今18:00だから8時間後の出発だね」と教えてくれた。
先にチケットを買ってスケジュールを立ててから宿に何泊するか決めたほうがよかった。
案の定、払い込んだ宿代は戻ってこなかった。そもそも英語が通じないのだ。
それに、安宿ってこともあり、ホテルのおばちゃんはテレビを見ながらミルクティーをすすっていた。日本ではあるまじきサービス精神ゼロの対応。交渉の余地はない。
筆談で交渉しようとしたら、先ほどの僕にちょっかいをかけてくる女性が呼ばれたので僕は早々に退散した。
僕は気分転換をするために、ギターを持って外にでた。
サインシャンド駅の入り口脇でMartin Backpackerを取り出した。
この駅は列車が来ないことには人通りもない。売店も閉まってしまう
僕は時間を見計らって唄った。アガリは3,000トゥグリル。
ここで一人歌を聴いてくれたおばちゃんと仲良くなった。
僕の隣にべったり座り、僕が立ち上がるとついて来る。トイレに行く時でさえ途中までついて来るのだ!モンゴル語分からないのに、ずっと話しかけてくる。
変える直前に連絡先を書いた紙をもらった。僕にモテ期がやってきたのだろうか?
腹の調子が悪くなってきたので駅構内のベンチで寝ていると、そこには見覚えのある顔が。
なんとそこに現れたのは僕をダランザドガドまで導いてくれた聖母の様な女性、アルタの姿が!
これからUBに戻ると言うのでほんの10分程度の再会であったが、彼女が言うには、「2日後にサインシャンドで大きなお祭りがある」ということだった。もう既に列車のチケットは買ってしまっている。
つくずくこの町に縁がないわけだ。
ようやく来た列車はコンパートメントで、それまでそこにいた乗客たちはサインシャンドの駅で降りていった。きっとアルタのいうお祭り目当てでここへやって来たのだろう。
コンパートメントにはお菓子が散乱し、「辛ラーメン」の香りがまだ残っていた
僕は寝台の上段に避難して眠りに就いた。