「その日僕はー…」
世界一周12日目(7/10)
『このままじゃ退けない!』
僕はギターだけを持ってホステルを飛び出した。
たぶんここで退いてしまえば今後も同じ様な言い訳を重ねてチャンスを逃して行く事は分かっていた。自分の経験則として。
いいじゃなか。怒られても。別に命が取られるわけじゃない。
問題はここでやめると、自分の中の何かが失われてしまうということと
自分に納得ができないということだった。
ウランウデのショッピングモール化した街の一角から、僕はさっき尻尾を巻いて逃げ帰ってきたのだ。
別にストリートライブでお金を稼ぐつもりはなかったが、その体裁をとることで路上に臨む姿勢になる。ギターケースを目の前に広げて2曲唄った。
ふと目線を上げると、警官がこちらを伺っていた。
建物の窓ガラス越しに店員が嫌悪感を露骨に顔に出してこっちを見ている。
僕の本能的に思った。
『ここから逃げないとヤヴァイ!!!』
『よぉし、今日はもう十分に唄ったし、帰ってメシでも喰おうかなぁ〜』的な余裕しゃくしゃく感をばっちしキメ、わざわざ遠回りをしてホステルまで逃げ帰って来たのだ。
だが、帰って来た瞬間自分が逃げ帰って来た事がまざまざと感じられ、妥協と葛藤をくぐり抜けて僕はホステルを出て来たのだ(←イマココ!)
今度は場所探しから始めた。
ベンチに座って人通りや警官がこないかを確かめる。
心臓がバクバクする。
アドレナリンや脳内麻薬が分泌されているのがわかる。
やっぱりやめようか...?
いや、やるっきゃねえんだよ!
見つけたのは銀行とレストランの間のスペース。
目の前には車が走っていて
音はそこまで届かないけど、
これならどちらにも迷惑はかからない。
...はず!!!
待ち行く人々の目は時として冷たいが、中には微笑んでくれる人もいる。
よし、ここならいける!
いくら唄っても警官はこなかった。
最後にはノリのいいあんちゃんたちと合唱してしめくくった。
レーニンの銅像の前でも唄った。
夕暮れの街にギターの音が溶け込んで行った。
「それ、日本語の歌でしょ?なんかいいわね♪」
と言って近くにいたお姉さんが100ルーブルをギターケースに置いて立ち去って行った。
この日のアガリは182ルーブル。
僕はプロのミュージシャンでも音楽でメシを喰ってるわけじゃい。
本気でやってる人たちから見たらお遊びだ。
けど、これは自分自身の問題だったのだ。
今もこの世界のどこかをギター一本で旅しているあの人と同じことを僕はやりたかったのだ。
「どうだった?警察に捕まらなかったか!?」
ホステルに戻るととスイス人のイワンが声をかけてきてくれた。
お金がもらえたよと言うと、「よし!お祝いだ!おれがメシをおごってやるよ!」と言う。
ハバロフスクで同じホステルで一緒で深夜のウランウデの駅で一緒に夜が明けるのを待ったイワンとの間に旅の仲間意識が芽生えていた。
僕たち二人は宿の近くの小さな定食屋へと向かった。
イワンとの食事での会話、僕はイワンに冗談めかして言った。
「そういや、おれ、まだ海外でATM使ったことないんだよね。ほら、『食べられちゃった!!』とか聞くじゃん?小さい子供がクローゼットを怖がるように今のおれはATMが怖いんだよね」
「何言ってんだよ?ATMなんて超簡単だよ!よし、これから一緒に行って
お金をおろしてみようじゃないか!」
こういう時に仲間がいると頼もしい。
僕たちはご飯を食べた後、日の沈む前の街に繰り出した。
だが、いくらやってもお金がおろせないではないか。
「Transaction is not completed」
という言葉がどこのATMでやっても出てきてしまう。
おかしいな。ちゃんと口座にはお金が入ってるんだけど...。
「ここで最後にしてみるよ」と入った3カ所目のATMで試してみても同じ文言が出てきてしまった。
「try again」とカードが戻ってくる。
しかたない...今日は時間も遅いし明日もう一度試してみよう。
だが、カードを引き抜こうとするも
カードが取り出せない!!!
外で待っていたイワンをジェスチャーで中に呼び寄せた瞬間ー
カードが
食べられた。
「やべぇぇぇええええ!!!!
どーすんだよ!
やべえよ!」
もう英語なんて話してられない。思わず日本語で驚愕する。
「落ち着け!大丈夫だ!」
イワンも動揺しつつも、ATMの番号や、銀行の連絡先をメモする。
ホステルに帰りスタッフのおねえさんに事情を説明するとすぐに電話をかけてくれた。明日、銀行に行けばとりあえずは対処してもらえるらしい。
だけど、更なる問題が浮上した。
「これ、おれのカードじゃないや」
「はっ?なんだって?」
「...(首を横に振るお姉さん)」
お金の引き落とし用に三井住友VISAカードを持っていたのだが、それは弟に作ってもらったものだった。
去年フリーターで旅の資金を稼いだ僕は社会的信用の低さから審査落ちするリスクを減らすために弟にカードを作ってもらったのだ。
実際、自分の名義じゃないクレジットカードを使用すること自体は違法じゃないし、とある有名なブロガーさんも引き落とし限度額の問題に直面して母親にカードを作ってもらった。ベンチャー企業の社長だって成功する前は奥さんの家族カードを使っていたとか聞くしー。
問題はカードにはサインが書いていないということだった。
「大丈夫だ。弟がカードを作った際に書いた肉筆のサインがあればなんとかなるかもしれない!」
イワンのコーチングを何回も受け、僕は日本にいる弟にスカイプで連絡を取りサインがあるか探してもらったのだが、サインは見つからなかった。
そして、調べてみると時として他人名義のカードを海外で使用した場合違法になるということが分かった。
カードがATMから出てきたとしよう。
けど、名義が違うカードをどうやって説明しよう?しかもロシア語で。
頭が混乱を通り越して何も考えられない無気力状態になったころ弟からメールが届いた。
「別に陽介に落ち度はないよ。糞詰まりをおこしたファッ◯ンATMが悪いんだよ。おれたちは陽介の夢を全力でバックアップするから!」
まさか、家族から、弟から、こんな言葉がかけてもらえるとは思わなかった。
そうだ。これはおれ一人の旅じゃない。
その日のうちに自分の楽天銀行の口座に旅の全資金を振り替えた。
僕は手もとにあるクレジットカード一枚でこの世界を旅することを決意したのだ。