「今日と同じ日は二度とやってこない」
世界一周45日目(8/12)
僕は些細なことですぐに不安や焦りを感じる。
中国の出費を計算したら思っていたよりも無駄遣いしていたことが判明しそのほとんどが「食費」だった。今の調子でお金を遣っていったら1年半の旅ができるのか不安になった。
それと
自分の旅ができているのか
ということを考えて、不安と焦りを感じた。
モンゴルと中国の国境で偶然お会いした「先輩(仮名)」は世界を4週半した旅人で、その後もご一緒させていただく機会があり、中国では連絡を取り合い、ちょくちょく再会していた。
先輩は僕たちが旅するこの世界に対する知識量がはんぱなく、一緒に町を歩いていると様々な事を僕に教えてくれた。
この街ができた時代的背景や旅での役立つ情報の数々。Googleマップの使い方。安いご飯が食べられる場所。ちょっとした旅人の笑い話。
先輩はフィールドワークと情報収集能力に長けている。そして、持っている知識を惜しみなく僕に伝えてくれる。
お互い離れた場所にいても先輩から送られてくるメールを頼りに僕は予約したホテルを見つけ出し、先輩から送られてくるメールで僕は中国を旅することができた。
ここまで人をサポートできる器のデカさに僕は先輩の事を尊敬している。
心が広い。
どうしてここまで人の力になれるのだろうか?
僕は先輩に会う事ができてすごく運がよかったと思ってる。こんな凄い方に会えることはそうそうない。
だけど、ここまでサポートしていただいているのに、僕はだんだん自分が旅をしている実感がなくなってきたのだ。
先輩におんぶやだっこ。旅のルートだって先輩に決めてもらった。
黙って待っていれば餌を運んでもらえるひな鳥の様。
そして同時に僕の旅に対する鮮度も失われていった。
既存の知識を僕はなぞっているみたいだ。
「はいはい。そこねー。
おれ、行った事あるわ。
どこそこがこうで、
ああなんだよねー!」
という映画のネタバラし的な。
先輩には大変お世話になっているし僕は感謝してもし足りない。
だから失礼にあたることを書いているのは分かっている。でも、葛藤を感じているのだ。「これは果たして僕の旅なのだろうか?」と。
これだけネットワークが張り巡らされた時代だ。「自分が初めて」というわけにはいかないだろう。
それでも自分の物語を生きるのは自分しかいないのだ。
朝食に入った、統治時代の名残を持った西洋風料理屋で出て来た2枚のトーストは19香港ドル(236yen)だった。
僕らはてっきりコーヒーもつくと思っていたが、店員はそんな気配さえ感じさせなかった。
これが香港なのだ。
インフレの香港には中国とはまた違った高層ビルが何本も立ち、街と人からはエネルギーを感じる。
中国で安くご飯が食べられた僕としてはとてもじゃないが香港で旅人をやっていけそうにない。
満ち足りないお腹を引きずって僕はセブンイレブンに入り、8香港ドルのカップヌードルを食べた。
ガイドブックに頼らない天の邪鬼の僕はとりあえず2香港ドルで乗れるスターフェリーで香港島を目指した。
「面白い方へ」と自分のアンテナを信じてあてもなく街を歩くわけだが、
目的もない町歩きはただ単に辛い時もある。特に猛暑の時には。
両方足の親指にマメを作って僕は歩き続けた。
発見と言えば途中見つけた輸入雑貨のお店のセンスがとてもよかったくらいだ。
扱っている商品は反則的にかわいい雑貨ばかりで真剣に買うかどうかを悩んだが、香港の物価の高さと旅人の僕が香港に来てまで輸入商品を買うのが馬鹿らしくなってしまい、やむなくお店を後にした。
接客してくれたおねえさんがめちゃくちゃ可愛かった。
ポソポソと呟くように喋り、時々何を言ってるのか聞き取れなかったが、
簡単な日本語を喋る事ができて、好印象を僕に与えた。危うくクレジットカードを抜きそうになった。
夕方、ラッキーゲストハウスに戻ると昨晩ここへ中国ビザのリセットのためにやってきた日本語講師の方もちょうど戻って来たので、僕たちはソファに座って話をした。
どうして中国で働こうと思ったのか。危険だと感じた事はなかったのか?そこまで中国に惹き付けられるのはなぜなのか?
お互いの人生のバックグラウンドを語り合った後、先生がこう言った。
「ねえ、
今から夜景見に行こうよ!」と。
僕の父親と同い年くらいのおっさんと二人で夜景を見にいくことにためらいを感じなかったわけではない。
(できることなら女のコと一緒に見たかった...)
でも僕は先生と一緒に夜景を見に行くことにした。
ここにいても何も変わらないだろう。せっかく香港に来たんだ。夜景くらいは見ないとな。
歩いてフェリー乗り場まで行き2香港ドルを払いスターフェリーに乗り込んだ。
夜風が心地よく潮風の匂いがした。
僕は手すりに捕まって無数の色の光を放つ夜景を黙ってみていた。
2ドルで100万ドルの夜景を見た(と勘違いした)。
きっとお金を出した分だけ綺麗な夜景を見られるんだろうな。
でも、今の僕にはこのくらいが丁度良いのだ。
対岸の香港島で夜景を見ながらハーモニカを吹いたあと、同じフェリーに乗って戻った。
フェリー乗り場の入り口でストリートライブが行われている。
ギターケースの中にはしっかりとお金が入っていた。
「僕もギター持ってくるんだったな...」そう呟くと、先生はストリートミュージシャンの方へ歩み寄って行った。
何を訊いているのだろう?
「ギター弾かせて
くれるってよ!」
「はっ!!!!?」
先生は勝手に彼らと話をつけ急遽僕は、フェリー乗り場の入り口で路上ライブを行うことになった。
「Can I sing here?」
僕はためらいがちに確認する。
「Sure!!!」
さっきまで歌っていた青年が僕にギターを貸してくれた。
僕はアンプに繋がれたアコギのストラップに腕を通し、目の前に置かれたマイクの高さを確認した。
そして一息ついて周りを見渡した。
最初っから聴いていた3人を除いて誰も僕に注意を向けなかった。
それでいい。
場は暖まってない方がいい。
それが今のおれには丁度良い。
この旅の中で作った自分のオリジナルの歌を唄う。
タイトルは「Departure」。
僕以外に誰も知らない曲だ。
目の前を人々が通り過ぎる。
そのうちの何人かと目が合う。
親しげに笑顔を僕に向けてくれる。
僕も笑い返す。
お金は入らない。
だけど確実に僕と言う存在がその場にいることはアピールできている。
その実感があった。
僕は今香港にいる。
途中から聴いてくれたちっちゃい女のコがお父さんからコインを2枚もらってギターケースに入れてくれた。
僕は「しぇいしぇい!」とお礼を言った。
帰り道、先生が言った。
「今日と同じ日は
二度と来ないんだねぇ...」
そうだ。
同じ日は二度とやって来ないのだ。