伊勢の旧東海道に鉄道がなかった?地元が敷いた「関西本線」【東海道本線 途中下車の旅#15】
前回は、名古屋市内でも「熱田」の話をしました。
熱田神宮で知られる熱田から、江戸時代には桑名や四日市まで渡し船が出ていました。そんな昔の様子を前回は描きました。
名古屋駅は分岐駅になっていて、南北に東海道本線、東へは長野方面に向かう中央本線、西へは関西本線が出ています。
他にも新幹線や近鉄・名鉄といった私鉄も出ていますが、JRの在来線だけで言っても、路線が十字に伸びています。
この内、関西本線ですが、亀山(三重)から鈴鹿峠を越えて、伊賀上野・奈良を通り、南側から天王寺・JR難波と通る路線になります。
鈴鹿峠のあたりにある柘植(つげ)から、草津線に別れて、再び東海道本線に草津で合流するルートが、昔の東海道に近いルートです。
ただ、このルートは、鈴鹿峠という難所を抱えているのと、狭隘な所を線路を通さないといけないことから、明治政府は岐阜・関ケ原経由のルートに決定したのです。
それを聞いて、伊勢方面の有力者は黙っていませんでした。
四日市で、関西鉄道が設立され、なんと、旧東海道をなぞるように、名古屋~柘植~草津のルートを建ててしまったのです。
更に柘植からは、奈良まで開通。
1900年頃には湊町駅(現JR難波駅)~奈良~名古屋間の急行を走らせていたのです。このルートが現在の関西本線のベースになります。
名阪間では、官営鉄道を向こうに回して値引き合戦を行い、旅客獲得競争の様相を呈していました。
もっとも、1906年に西園寺内閣により、この競争は終止符が打たれます。鉄道国有化法が制定され、関西鉄道は官営鉄道に買い上げられることになります。
関西鉄道は、関西でも広大な路線網を持っていました。そのため、現在の関西のJRの路線の多くは、この関西鉄道と縁があるのです。
「本線」と付いてはいますが、この中でも亀山~柘植~奈良間はローカル線の雰囲気が漂っています。というのも、この区間は狭隘な土地なのもあって、複線化はならず、依然として単線で走っている状況です。
また、現在は、名古屋から大阪まで全線を乗り通す列車はなく、景色を眺めつつ、本当にのんびりといく列車旅になります。
東海道本線の旅…から今回はそれてしまいますが、鈴鹿峠の手前の関は宿場町の雰囲気が色濃く残っているのでオススメです。
なお、名古屋から亀山までは本数がありますが、亀山から関方面は1時間に1本です。訪れる際はご注意を。
次は…
名古屋駅でのご飯事情です
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