旅する音楽 10:シャーデー『Diamond Life』 - 過去記事アーカイブ
この文章はJALの機内誌『SKYWARD スカイワード』に連載していた音楽エッセイ「旅する音楽」の原稿(2015年7月号)を再編集しています。掲載される前の生原稿をもとにしているため、実際の記事と少し違っている可能性があることはご了承ください。また、著作権等の問題があるようでしたらご連絡ください。
プールサイドに小さく響くシルキー・ボイス
Sade『Diamond Life』
何げなくインターネットを検索して見つけた、音楽フェスティバルの告知。場所は中米のドミニカ共和国。カリブ海を眺めながらローカルミュージックを聴くのはどんな気分だろう。こう考え出したら、それはすでに旅の始まりだ。夏休みが取れる時期ということもあったので、思いきって現地へ飛ぶことにした。
実際、そのフェスティバルはとても素晴らしかった。真っ青な海に面したビーチに特設ステージがあり、ジャズからサルサまでさまざまなミュージシャンがセッションを繰り広げていく。しこたま音楽とお酒に酔って、大満足の数日間だった。
しかし、泊まったホテルには参った。個人経営の小さな宿で中庭とプールがあるのはよかったが、四六時中大音量で音楽が流れている。しかもデュラン・デュランやヴァン・ヘイレンやジャーニーといった 80年代のロックばかり。嫌いではないのだけど、せっかくのカリブ海なのに雰囲気はぶち壊し。ちょび髭を生やした宿の主に「ラテン音楽はないの?」と聞いてみるも、黙って首を横に振るばかり。呆れと諦めの入り交じった気持ちで滞在することになった。
フェスティバルが終わった次の日のこと。夕暮れ時に中庭のテーブルでのんびりビールを飲んでいると、西の空が真っ赤に染まり始めた。迫り来る闇夜に対抗するかのごとく燃えたぎる夕日に、思わず見とれてしまう。すると、いつしか BGM のボリュームが下がり、シャーデーの歌が聴こえてきた。英国発のジャジーでムーディーな 1984年のデビュー作『ダイヤモンド・ライフ』は、都会的なサウンドだと思っていたが、意外にリゾートにも似合う。カリブ海の日没をしっとりと演出するクールでアンニュイな声に、しばし耳を傾けた。
気がつけばちょび髭の主が、僕の隣に立って同じ空を見上げている。ちょっぴり自慢げに鼻歌を歌いながら。「本当はこの人センスいいんじゃん」なんて心のなかで思いながら、ふたりして水平線に消えゆく太陽を、いつまでもじっと眺めていた。
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