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ポール・マッカートニー『ピュア・マッカートニー』 - 過去記事アーカイブ

この文章は「エンタメステーション」というサイトに書いたレビュー原稿(2016年7月2日掲載)を再編集しています。掲載される前の生原稿をもとにしているため、実際の記事と少し違っている可能性があることはご了承ください。また、著作権等の問題があるようでしたらご連絡ください。

ポール・マッカートニー『ピュア・マッカートニー』

音楽好きが集まってビートルズの話になると、かなりの確率で、“ジョン派”なのか“ポール派”なのかという話になることが多い。もちろん、「ジョージ・ハリスンのインド志向が最高!」とか、「リンゴ・スターのドラミングこそビートルズの魅力でしょ!」なんていうことを言い出すマニアもいるが、大抵はジョンとポールに終始する。

早逝したこともあってどちらかというとロックで刹那的なイメージのジョン・レノンに対し、ポール・マッカートニーは王道というか、優等生に見られがちだ。実際、初期の荒々しいロックンロールや中後期のサイケな雰囲気はジョンの声なくしては成立しないだろうし、「イエスタディ」や「ヘイ・ジュード」、「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」といったメロディの美しいバラードはポールが手がけていることが多い。オーセンティックなポップ・チューンを作る才能は、やはりポールならではといえるだろうし、そのことでジョンに比べるとロックなイメージが薄いのは逃れようのない事実だ。

この印象は、ソロになってからもさほど変わることはない。ポールのソロの名曲をざっと思いつくままに挙げてみればよくわかる。「マイ・ラヴ」、「エボニー・アンド・アイヴォリー」、「ひとりぼっちのロンリー・ナイト」、「幸せのノック」、「心のラヴ・ソング」、「アナザー・デイ」、etc。もちろん、「ジェット」や「007 死ぬのは奴らだ」などのソリッドなロックンロールも多数あるが、どちらかといえばポールはポップでメロディアスというイメージが強いだろう。

先日リリースされたポールのベスト・アルバム『ピュア・マッカートニー』。2枚組の通常盤と4枚組のデラックス・エディションの2種類がリリースされているが、いずれも彼の素晴らしい名曲がたっぷり詰め込まれていることに変わりはないので、お好みで手に取ればいいと思う。自選ベストということもあって、彼のこだわりが随所から伺えるが、いちばんはソロ第1作目の『マッカートニー』(1970年)に収められたロッカ・バラード「メイビー・アイム・アメイズド」から始まることだろう。ウィングス時代から現在にいたるまで、ライヴでも欠かせない一曲で、1977年にウィングスが発表したライヴ・アルバム『ウイングス・オーヴァー・アメリカ』からシングル・カットされてヒットしている。

そして、ベスト・アルバムのエンディングを飾るのは、同じくデビュー作からの「ジャンク」だ。3拍子に乗せて綴られる少し物悲しいメロディを持つ小品は、けっして派手ではないが、ポールの叙情的な一面を物語る名曲だ。このことからも、あらためて彼の特性であるメロディメイカーとしての資質が浮き彫りになっており、自身でもそこは意識していることが伝わる。

このメロディメイカーぶりは、先述した数々の定番曲が収められていることでさらに強調される。「夢の旅人」のようなトラッドの要素を取り入れた牧歌的なナンバーもあるし、冷静に聴くとかなり奇天烈な「カミング・アップ」なんていう異色作もユニークだ。マイケル・ジャクソンに引っ張られがちな「セイ・セイ・セイ」も今となってはなんだか微笑ましいし、有名な「バンド・オン・ザ・ラン」だって、よくあんな構成の楽曲を作ったなと感心してしまう。しかし、いずれもポールの特徴である、どこか優しさを感じさせるメロディアスなナンバーであることに変わりない。

これまでにポールは『オール・ザ・ベスト』や『夢の翼~ヒッツ&ヒストリー~』というベスト・アルバムを発表しているが、それらには収録されていない近年の楽曲を聴いてみても、彼のメロディに対するこだわりは伝わってくる。内省的なアコースティック・ナンバーの「ジェニー・レン」、ハードなサウンドながら美しいコーラスを聞かせる「セイヴ・アス」、エリック・クラプトンのギターをフィーチャーしたドリーミーな「マイ・ヴァレンタイン」など、いずれもメロディメイカーとしてのポールの良さが表れた楽曲ばかりだ。ここまでは通常盤をベースに書いているが、デラックス・エディションではさらに近作からのセレクトが多く、そのいずれもが、ポールらしいメロディ・ラインに彩られているのである。

結論として、本作を聴けばメロディアスなポールという印象は一切ぶれない。どんなに実験的なことにトライしたとしても、彼にしか成し得ない旋律を生み出している。そこは、オノ・ヨーコの影響で常人には理解しづらいアヴァンギャルド世界に突っ走ったジョン・レノンとは違う。

ただ、よくよく考えれば、すでに伝説になってしまったジョン・レノンと比較すること自体が間違っている。この数十年の音楽シーンを相対的に見ても、ポールは誰も追いつけないクオリティを持つ稀代のメロディメイカーだし、長きに渡って自分を信じ、ビートルズに在籍した期間以上の時間をソロ・アーティストとして自分の才能を突き詰めてきたのだ。ジョンと比べてロックだとかそうじゃないとかなんて、今さらどうでもいい話だろう。ただ僕らは、純粋に彼の美しいメロディに身を預ければいい。まさしくこれは、『ピュア・マッカートニー』なのだ。


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