055.書物の島を旅する
2003.3.4
【連載小説55/260】
オプショナルツアー(3)
NEヴィレッジは文学や言葉がテーマの村。
よって、そこで提供されるオプショナルツアーも読書体験のプログラムだ。
それも、ただの読書ではない。
静かな島の時間の中で、ゆったりと読書をお楽しみください…
それだけのプログラムであれば、場所はトランスアイランドでなくてもいいだろう。
どんな南の島も読書家にとっては優れたロケーションだから、受動的な読書体験は他所に任せておけばいい。
ツーリストがここで味わうのは、一歩進んだ出版や読書の未来を占う「書」を媒体とするリアル&ヴァーチャルのコミュニケーションプログラムともいえるものだ。
書物個々が小さな島であるとすれば、その集積は大陸ではなく島嶼国家群だろう。
Book Hopping。
空想の島々を転々と旅する、いたって南洋的な「知的紀行」がリアルな書物とヴァーチャルなネットワークを繋ぐことで可能なのだ。
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ことの起こりは、昨年8月に始まった「一旅一冊運動」だった。
島を訪れた幾人かの作家が、その著作を村に寄贈してくれたのを機に、本好きの島民アイデアで始まった呼びかけで、当初の概要は…
1.来島予定者に事前メールでお気に入り書物の提供を依頼。
2.ツーリストは1回の旅で1冊のみ提供書籍を持参。
3.村で寄贈本をテーマ別ライブラリーに保存。
4.島民、ツーリストがいつでも自由に閲覧・読書可能な共有財産とする。
というシンプルな図書館構想だった。
ところが、秋に行った文芸観光キャンペーンで火がつき、各国の珍しい書籍や入手困難な絶版本が続々と集まったことから、プロジェクトが思わぬ方向へと進むことになった。
書籍を持って島を訪れるツーリストが着実に増加し、毎日数冊ずつ増えた段階は問題なかったのだが、「希少な書籍は手元に置かず、本好きたちが暮らし訪れるトランスアイランドという島へ届けよう」とのメッセージが、インターネットで世界中の書籍収集家や作家にネットワークされたことにより、国際郵便で続々と書籍が送られるようになったため、年末までに4000冊強もの書物が村に集まることになったのである。
そこでNEとNWヴィレッジの有志がこれら知的財産の計画的保存と管理を急遽検討した結果、以下にまとめる現在のシステム&サービスが生まれたのである。
1.書籍の送付希望者はWEB上で書籍タイトルや発行年度などの情報を入力。
2.書籍専用の検索エンジンが各国のデータベースを検索し、その希少性を判断。
3.島側の受け入れ了承メールをもって希望者は書籍を郵送。
4.スタッフが文学書、学術書、芸術書等にテーマ分類されたNEの蔵書小屋に収納。
5.蔵書データベースが更新され、WEB上で蔵書検索が可能に。
つまりは、文明から遠い南の島に、数ヶ月で労少なくして貴重かつ希少な「本の博物館」が完成したことになり、今後も着実にその中身は充実しうる仕組みが整っていることになる。
そして、これだけに留まらないのがこのプロジェクトの面白いところだ。
実は、蔵書の1冊1冊からスタートする「知のネットワーク」ともいえるサブプログラムが読書家のために準備されているので紹介しよう。
所蔵される全ての書物には、データベース化される段階でテーマ別ナンバーが設定されており、手元のnesiaで専用WEBページを呼び出し、そのナンバーを入力すれば各種関連情報が入手できるのに加えて、その書を手にした人のみが参加可能なBBSへのアクセス権限が与えられるようになっているのである。
つまり、この権限を得た者同士が、共通の読書体験の先に広がる議論や意見交換という知的コミュニケーションを無限の可能性をもって深めていくことが可能ということだ。
ある小説家などは、読者との濃密なコミュニケーションを通じて派生作品を創作する企画を、このプログラムを活用して「物語制作会議」として立ち上げ、ネットワーク文学の可能性を探っているとも聞く。
紙の書籍という有限のメディアに対して、その世界の共有者たち向けの無限ネットワークを準備することは、どこか旅の世界を創造することに近いような気がする。
知の旅人は自由に転々と「書」の島を訪れ、そこで出会う友と意気投合し語り合い、別れた後にもメールを交換し、それぞれの旅の成果を報告し合う。
そして、いつか、見えない絆によって思わぬ場所で偶然の再会の機会を得るとしたら、それは、未だこの村に届いていない世界のどこかに潜んでいる希少な「書」の島…
そんな循環する物語のような読書の旅が、今、椰子の木陰で書に向かうツーリストの中で既に始まっているのかもしれないのだ。
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旅と読書。
それは僕の前半生の2大テーマだった。
一方はリアルな外部環境を遠くへと拡げ、もう一方はヴァーチャルな内部環境を深く掘り下げてくれた。
そして、おそらく、どちらか片方であれば、今の僕はなかったはずだ。
もっとも、幾多の旅は常に書物を鞄に出かけたし、書物の中で世界中の様々な地を旅したわけだから、2要素は常に融合されて僕の中にあったのだが…
「書」に向かうこと自体が旅的であり、「旅」そのものが物語的である。
僕の心の中にある、そんなフレーズを違和感なく受け入れてくれる人々にとって、この村のオプショナルは、「人生」という掌握するにはあまりに大きく不確かな大海原への思想的なショートトリップになるのではないかと考えている。
なぜなら、人は皆、古から書物に出会い言葉に触れることで、その中に思想家を宿してきたからだ。
------ To be continued ------
※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。
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