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148.遠くて近き宇宙
2004.12.14
【連載小説148/260】
「nesia3」のメインスイッチをONにすると、画面上に太平洋が立ち上がる。
トップ画面のベース地図はユーザー個々が自由に範囲指定できるものとなっている。
例によってプログラマーのエドガーが開発したプログラムだ。
(友人エドガーの紹介は第96話)
僕は北緯45度と南緯30度を上下で固定し、東のハワイ諸島と西の東南アジア間を横スクロールするトップ画面にカスタマイズしている。
この設定なら転々とする僕の創作活動範囲が全て含まれるのと同時に、進捗をレポートしているTWCの航海がすっぽり収まるからである。
また、このガイドアプリケーションには国名や島名上をタップする先に各種の活動記録や情報を効率よく整理可能なシステムが準備されているから非常に便利だ。
さて、地図上に示される各国の再新ニュースが届くとそこが点滅することになっているのだが、ここのところ気になっている国がキリバスだ。
先月20日に残念なニュースが飛びこんできたからである。
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-日本版スペースシャトル計画凍結でキリバスとの協定打ち切り-
と題されたニュースの中身はこうだ。
当初の予定では、今年2004年に日本の無人宇宙往還技術試験機HOPE-Xが種子島宇宙センターから打ち上げられ、地球を1周した後、キリバスのエイオン飛行場に着陸することになっていた。
これは日本のスペースシャトル「HOPE」開発上重要な実験飛行となるはずの計画だった。
キリバス政府は2000年2月に日本の宇宙開発事業団(NASDA)とクリスマス島南部のエイオン飛行場を20年間無償で貸し出す協定を結び、その後NASDAが22億円をかけて飛行場周辺の道路と港湾の整備を行っている。
ところが、2001年にスタート予定だったシャトル製作は予算削減で凍結となり、NASDAが宇宙航空研究開発機構(JAXA)に統合された2003年にHOPE-Xの予算も終了となった。
そして、年額2800万円に及ぶ現地施設の維持費も今年度で終了となるのを機に、協定そのものの打ち切りをJAXAがキリバスに申し入れていたことがこの日に明らかになったのである。
調べてみると、この間にエイオン飛行場では模擬機の離着陸テストが3回、計45分行われただけというからもったいない話である。
キリバスにしてみれば、スペースシャトルという文明の使者から待ちぼうけを食うと同時に広大な遊休施設が残されることになった。
そう、「近くて遠き宇宙」だったのである。
実は先日、僕はこの宇宙計画がキリバスにとっていかに夢多き事業であったかを物語る証拠物件に出会った。
世界切手図鑑の「宇宙切手」カテゴリー内に、キリバス1980年発行の切手3種を発見したのである。
シンガポール切手博物館で入手したこの図鑑は、その資料性はもちろんのこと、デザイン的にも美しい書物なので常に手の届く書斎の机上に置いて楽しんでいたのだ。
(第108話で紹介)
●種子島からの打ち上げ版。
●日本とキリバスを結ぶ太平洋地図版。
●クリスマス島の着陸基地版。
それらの図柄が描かれた切手全てにキリバスの国章と「SATELLITE TRACKING(宇宙追跡)」の文字がレイアウトされており、先進各国の切手と肩を並べて紹介されていた。
切手好き少年だった僕だから自信を持って言えることだが、これらの切手は当時のキリバスの子供たちにとって輝く未来の象徴だったに違いない。
いや、先進国と共に進める宇宙開発そのものが独立後間も小国にとっては国家レベルの夢だったといってもいい。
小国の未来は「何と繋がるか」や「何処と繋がるか」で決まるという側面を持つ。
前回紹介したバヌアツの国交問題もそうだし、TWCの航海レポートで紹介してきた各国の産業やODAなどが具体例だ。
この論法でいえば、キリバスという国家においては4半世紀前に日本との友好の先に「宇宙と繋がる道」が見えたことになる。
そして、キリバスが描いた文明化シナリオは、そのクライマックスに日本版スペースシャトルが颯爽と登場する筋書きになっていたのだ。
文明化の道を後追いする後発国にとって、宇宙事業に関わるということ自体が一足飛びに未来を先取りするSF映画に見るところの「ワープ」であったに違いない。
これこそ21世紀に光を観るキリバスの「観光」事業だったはずだ。
景気低迷や宇宙関連事業の優先順位など日本側にも事情はあるだろう。
が、夢を共有した相手国の心中を当事者たちがどう考えているのかが僕には気になるところだ。
未来志向の新たなニュース到着を待つことにしよう。
既にスタンなどは遊休施設の活用に大きな興味を示している。
曰く、宇宙から帰還するシャトルを待つ場だったのだから、天体観測にはうってつけの場所に違いないと言うのだ。
斬新なプラネタリウム施設や夜空の下で行う「ストリームライヴ」を計画する彼の目にクリスマス島は魅力的なステージなのだろう。
(詳細は第124話)
空間の活かし方次第で、「遠くて近き宇宙」も可能となりそうだ。
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クリスマスシーズンを迎えているが、キリバスのことを調べているうちに、日本とクリスマス島を結ぶユニークな取り組みを発見した。
クリスマス島の切手と消印による直筆のクリスマスカードを好きな人に送ることができるというのがそれで、地球温暖化による水没という南の島々の窮状を広く知らしめることを目的に非営利団体が行っているものだ。
南の島から届くクリスマスカードという本来ならミスマッチな企画がかえって新鮮で、専用サイトに公開されている数種のデザインの出来も素晴らしく、南国のサンタのイラストが寒い季節を過ごす人々にとってはハートウォーミングなプレゼントになりそうだ。
日本発のスペースシャトルがクリスマス島に着くことはなかったが、クリスマス島発の沢山のレターが太平洋を越えて日本のポストへ届くという皮肉…
確かに言えること。
それは、アイデア次第で国家と国家、人と人は結ばれるということだ。
------ To be continued ------
※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。
【回顧録】
僕にとっての宇宙との出会いは小学1年生の1970年に開催された大阪万博でした。
アポロ12号が宇宙から持ち帰った「月の石」は人類の未来の象徴として注目を集め、少年の僕にとっても忘れられない記憶です。
その後、宇宙と僕の関係?は加速度的に深まっていきました。
といっても宇宙の研究をしたわけではなく、プラネタリウムに影響を受けて星座の本を読んだり、中学生になった1977年にスタートした映画『スターウォーズ』シリーズで宇宙を舞台とする物語の没入したり…といった私的探究の流れです。
空想の物語が現実に移行したのは1981年に始まった「スペースシャトル計画」。
人類の夢を乗せて動き出したプロジェクトは、途中、7名の乗組員が全員死亡した1986年のチャレンジャー号爆発事故を経て2011年に終了しますが、その中のひとりであった日系ハワイ3世のエリソン・オニヅカ氏の存在は90年代の僕のハワイ取材活動に大きなテーマをもらうことになりました。
そして、まもなくスタートする2025年は万博イヤー。
日本ではあまり話題になりませんが、米国が進める月面着陸「アルテミス計画」が気になります。
当初の計画では2024年までに最初の女性を月面に着陸させることを目標とし、日本人女性宇宙飛行士も決定しましたが、残念ながらプロジェクトは2027年に延期で再びの万博イヤー新たな「宇宙」を見ることができるか?との期待はお預け状態であります。
ちなみに計画名の「アルテミス」はギリシア神話に登場する月の女神で、20世紀のアポロ計画の由来となった太陽神「アポロン」と双子の存在で、なんともドラマチックなネーミングです。
残念ながら、地上世界は悲しい紛争が続いていますが天空に目を映せばロマン溢れるプロジェクトが進んでいます。
今年5月に以下のコラムを神戸新聞に寄稿しましたが、来る2025年をメモリアルな万博イヤーにしたいものです。
/江藤誠晃
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