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154.再び「島」へ戻れ

2005.1.25
【連載小説154/260】

「この国は島じゃなくて大陸だ…」

パプアニューギニアから届いたトモル君のメールの一節である。

彼がそう感じたのも無理はない。

世界で2番目に大きな島であるニューギニア島の東半分を占める同国の面積は46.2万平方kmで日本の約1.25倍。

彼がTWCの航海で巡って来た国々の面積を順番に並べると

キリバス:720平方km。
ナウル:21.1平方km。
ツバル:25.9平方km。
フィジー:1.8万平方km。
バヌアツ:1.2万平方km。
ソロモン:2.9万平方km。

といった数値だから、パプアニューギニアが圧倒的な大きさをもって彼の目には映るのだ。

ところで、「島」と「大陸」の線引きはどこにあるのだろう?

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「島国日本」という表現があるが、僕にとって日本が「島」の国であるとのイメージは希薄である。

南の小国を旅する中で「文明化=大陸化」という図式を深層心理に埋め込まれてきたからだろう。

今の僕にとって母国日本はアメリカ同様の「大陸」国家である。

他国と陸続きでないという地理的要素において日本は充分に島国であるし、かつての鎖国時代以前は極東に浮かぶ小さな島国だったはず。

そして、一部異国との交流はあったとしても、100%レベルの食料とエネルギー自給率をもって自己完結型の国家運営がなされていた。

では何故、近代化や経済大国化が日本を「島」から遠ざけたのか?

最大要因は極端な人口増加だろう。

現在1億3000万人弱の日本の人口も100年前は4600万人程度だった。

極めて緩やかな増加の中に歴史を重ねてきた島国の人口が1世紀の間に3倍近くに増大し、海の向こうの大国レベルになったのだから「島」が「大陸」化するのも無理はない。

国際社会を行き交う膨大な量のヒトとモノと情報は、陸続きか否かという空間的2分法ではなく、拡大するか否かの2分法で地球上の国家を近代化の中に再編することになった。

そして、かつての「島国日本」は拡大を前提とする「大陸」国家の道を選んだのだ。

結果として見れば、20世紀日本の発展は選んだ道の先にある到達イメージに近いものだったであろう。

ところが「大陸」化の道は永遠ではなく、袋小路に迷いこんでしまったというのが20世紀末から今に至る国家的閉塞感。

かつての自立型「島」国家であれば、なんとかして内部解決を図ったものの、他国との複雑な関係の中に絡め捕られる「大陸」国家となった今、主体的解決の道が見えないどころか、その気概さえなくなってしまったかのようだ。

そこで、日本は再び島国に戻るべきではないかと、僕は常々考えている。

もちろん鎖国をするというような他国との関係性の部分ではない。
精神部分における「島」性を取り戻すべきという意味においてである。

そこをもう少しわかりやすく説明するために、こんな「島」定義を行ってみよう。

「いざとなれば己の力で最低限の衣食住を満たしながら生きていけるのが島で、他者を頼らなければ生きていけないのが大陸」

これは単に物理的生活空間の「島」を基準としての2分法ではない。
限られた土地の上で自立して生きる覚悟を持つか否かという精神風土としての「島」と「大陸」の2分法だ。

僕はこれまでに様々な島を旅する中で、原始的な一次産業をベースに貨幣経済とは別次元で生活を成立させている幾つかの小社会を見てきた。

高度に文明化した先進国的「大陸」視点で見るなら、そこに暮らす人々は「取り残された民」ということになる。

が、現実に彼らに会った僕の目にそうは映らなかった。

漁や狩猟を通じて自然の中に見せる装飾なき肉体の躍動美。

踊り、歌い、食う、というシンプルな日常の営みの中に見せる曇りなき喜びの表情。

それらを前にして僕の中に湧きあがる思いは、常にある種の劣等感だったと記憶している。

多勢のもたれ合いなくして成立しない巨大システムの一部と化してしまった自身の相対的弱さの実感。

地球に生きる者として持つべき「野生」を遠い昔にどこかに置き忘れてしまって、取り戻すこと叶わぬ無力感。

例えるならそんなところだろうか…

遠い未来を夢想する時、僕には現代の文明国家が安定の中に繁栄を続けるイメージを思い浮かべることはできないが、島で出会った彼らは今のままに変わらず同じ日々を淡々と重ねているような気がしてならないのだ。
第16話で紹介したミクロネシアの漁師の生き様はその典型的なものだ)

社会とそこに属するヒトの間に働く力は常に「遠心力」と「求心力」のふたつだ。

今日と違う明日を求める成長ベクトルが「大陸的遠心力」。
今日と同じ明日を願い続ける循環ベクトルが「島的求心力」。

だとしたら、今求めるべきは後者なのではないだろうか?

20世紀に「大陸」へ渡った日本人よ、再び「島」へ戻れ。
そして、自らの「島」を取り戻す中に他の島々との連携を再構築してみるがいい。
そこに全く新しい21世紀の「世界」が見えてくるだろう。

日本を離れ、海道を旅する僕には、潮風の中にそんなメッセージが聞こえているのだ。

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明日、日本へ旅立つ。

隔月発行のネイチャー雑誌上で1年間の連載を担当した「大きくなり過ぎた島国」の最終回ロケである。
(スタートは第101話)

この企画との関わりは非常に有意義なものだった。

日本という島国に生まれ育った僕は、文筆を生業とすることで世界を知り、その後日本を離れて活動を重ねた。

そして異国を旅する創作の日々を通じて、外部から母国を客観観察したことで自分なりの思想軸を得ることができていたと思う。

その僕が再度日本に上陸し、今度はそこを覗き穴として世界や時代を観察したことになる。

結果として獲得したのは20世紀に生まれ21世紀を生きる者としての史観のごときもの。

生まれ属する「国家」という枠組みは誰にでもひとつながら、実際の人生は幾多の国を行き来する中に可能という「超国家」時代に僕らは生きているという確かな実感である。

おそらく最後の訪問地は、そんな認識を確固たるものとする島になるだろう。

目指すは、かつて日本にありながら限りなく異国に近かった「伝説の島」である。

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

まことに小さな国が,開化期を迎えようとしている…

と、記すと司馬遼太郎の『坂の上の雲』の書き出しだなと即答できる人は少なくなっているのではないでしょうか?
特に若い世代で…

11月に仕事で松山を訪問したのですが、最も僕を高揚させたのは「この町で秋山兄弟や正岡子規は育ったのだな…」との思いでした。

また、先週はロシアを熟知する知人とゆっくりお話をする機会があったのですが、そこでも話題が日露戦争にさかのぼる日本とロシア(ソ連)の関係に及び、今後の国際社会の動向を観察する上で『坂の上の雲』は貴重な教科書だなと感じた次第。

米国で第二次トランプ政権がスタートし、ウクライナ戦争が何某かのかたちで停戦や休戦となる可能性が出てきました。
おそらくそう遠くないタイミングで米露トップ会談が行われそうです。

一方、隣国の韓国、いや朝鮮半島南北の関係が、きな臭くなってきました。
クリミア半島あたりの領土に朝鮮半島の「38度線」的な境界線ができるのか?という推測と同時に東アジアのリスクとなる境界線が対馬海峡まで降りてくるのではないか?という危機感を持つべき時代が来てしまう可能性は排除できません。

なぜ司馬遼太郎の一説を取り上げたかというと、以前はさほど違和感を感じなかった日本を形容する「まことに小さな国」という表現が僕の中で「大きくなりすぎた島国」に変容し、20年前に『儚き島』を創作したからです。

現在、NHKで『坂の上の雲』が再放送されているようですが、バルチック艦隊やコサック騎士団に対峙した頃の日本のことを改めて考えてみたいと思います。

日露戦争時代の日本を世界から見ると小さな後発国だったと思いますが、その後の20世紀における劇的な成長で日本は経済的には世界第2の先進国になりました。

が、今の日本を見ると…
人口減少が加速度的に進み、少子高齢化や過疎化による社会課題が激増。
経済指標のランキングでは続々と他国にぬかれ、円安はとまらず、です。

物理的には周囲から独立した国土を持ちながら、他国だよりで主体性をなくしてきた日本は「大陸」なのか「島国」なのか?
そこを精神面で再見する必要があります。
/江藤誠晃

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