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130.冒険の共有

2004.8.10
【連載小説130/260】

「豊かさ」の指標とは何か?

ひとまずは、その答を知ること、つまり「知」にしてみよう。

知識の量と、そこから生まれる知恵の数々。
人が「知」の開発を積み重ねる先に豊かな未来を求めてきたのは歴史の事実である。

が、ここで「開発」と記したのは至って文明的な視点であり、「豊かさ」と「開発」が直結する唯一の関係性ではないことに留意すべきである。

「今日」と違う「明日」を願って「変化」していく「豊かさ」がある一方で、「今日」と同じ「明日」を守り続ける「不変」の中の「豊かさ」があるからである。

改めてそんなことを考えているのには訳がある。

前回TWCの報告で紹介したキリバス共和国。

この小国に関して、あれこれと調べるうちに同国元首の公式な場における独立期のスピーチの幾つかを知ることになったからだ。

僕の心を捉えたのは、そこで一貫して主張された以下のような内容。

曰く、小さな島国家にとって、今や島のままいられる余裕がないほど大小国家がひとつに繋がって世界がある。
そして、真の独立を獲得するために「開発」は不可欠であり、決して「変化」を恐れてはならない。

しかし、「開発」の名のもとに「伝統」を捨て去る必要はどこにもない。
「開発」の手段として、海外の思想や技術を取り入れながらも、社会組織や文化遺産を損なうことなく近代化を達成化することは可能であり、「変化」の中に「不変」を共存させることで国家は正しい未来を勝ち取っていけるのだ…

4半世紀前に太平洋の小国から発せられたこの主張は、閉塞感が蔓延する21世紀の文明国に対しても極めて示唆的なものである。

国家の大小や基盤となる思想に差異はあれど、人類個々が目指す「豊かさ」に大きな違いはない。
その意味において、南国の「知者」の発言には、時代と国境を越えた普遍的真理がある。

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かれこれ10年にわたって、南の島を舞台に創作活動を重ねてきたが、その中で僕は「変化」と「不変」の2種類の「豊かさ」を見てきた。

例えば、リゾート開発途上の島。

道が整備され、ホテルが増え、サービスが充実し、治安がよくなり、訪問者が増えていく…
快適な休日を約束するリゾートの「豊かさ」は「変化」の中に精度を高めるのだ。

例えば、古来の生活スタイルを維持し続けるエスニックコミュニティ。

大地や海、田畑と共にあるシンプルな生活には、日々の糧を得る労働と自然への感謝がバランスよく共存する…
僕らが遠い昔に忘れてきた、とても大切な「豊かさ」は「不変」の大自然に向かうことで見えてくるのだ。

もちろん、どちらの「豊かさ」にも陰の部分はある。

「変化」がもたらす環境破壊や経済至上主義。

「不変」がもたらす病苦や貧困と排他主義。

時計の針を右に回しても左に回しても、人類にとっての「豊かさ」は可能であるが、重ねる時の現場から陰の部分を取り去ることはできない。

僕たちが未来に求めるべきは、「変化」と「不変」が互いの陰を照らしあうバランスとしての「豊かさ」なのかもしれない。

実は、そんなことを日々漠然と考えている僕が大きな共感を持って見ているのが、コペル社の取り組みだ。

今や、トランスアイランド最大のパートナー企業になった同社の姿勢と思想には学ぶべきことが多い。

2月に完成したコペル社のラボ(研究所)にチーフとして赴任してきた青山君を通じて知った、同社のTWCに対するスポンサー活動の中で目指そうとしているビジネスの本質部分を僕なりにまとめておきたいと思う。
(コペル社の詳細は第97115話

マーシャル式大型カヌーをハイテク武装したのがジャブロ号であることは以前にも紹介した。

木製の船体の前後左右と船底に装着された高性能カメラはコペル社によるもので、航海の全てが位置情報システムとライヴ映像で記録されていく。
第116話

同社の狙いは、この航海をオンライン上で追体験可能なドキュメンタリーとすることで、以下のようなコンテンツの可能性がある。

●太平洋島嶼国家を巡るヴァーチャルツアー。

●航海を冒険プログラム化したロールプレーイングゲーム。

●珊瑚礁の実態を広域で観察するエコロジーレポート。

●海と島々で構成される美しいヒーリング映像。

そう、「21世紀の空想旅行社」は、リアルなひとつの旅を複層的なヴァーチャルに展開し、広く公開しようと考えている。

その背景にあるコペル社のクリエイティヴコンセプトを青山君に尋ねてみると興味深いキーワードが返ってきた。

「訪れない観光」

というのがそれだ。

観光とは本来その地へ行くことで体験可能なものであるが、現実的には個々がその人生において体験できる総量には限りがある。

そこで、様々な観光をヴァーチャルプログラム化し、知識レベルの旅を深めてもらうというのがひとつ目の狙いだ。

加えて「訪れない観光」にはもうひとつの大きな意味がある。
貴重な観光資源に対するインパクト調整機能とでもいえばいいだろうか?

優れた文化遺産や自然遺産の中には、観光活動という人的行為がその存続を脅かす事例が多々ある。

伝統的な建造物の老朽化や、希少生物の棲息地に対しては、訪問者少なきことが望ましいし、遠い将来には人がアプローチできない場所さえでてくるはずだ。

そこで、ヴァーチャルな観光体験の精度を高めることで、リアルにおける量的規制の余剰層をフォローし、仮に後世「訪れること叶わぬ観光」となった場合も「知」のライブラリーとしてストックされていることがふたつ目の狙いなのだ。

つまり、「体験の共有」ということなのだと僕は思う。

コペル社は、21世紀という高度ネットワーク社会において、従来個々人の外部にあった「体験の多様性」を自身の内部に取り込む作業のアシスタントなのだ。

TWCの航海が辿る国々への旅は誰にでも体験できるものではない。

が、「冒険の共有」によって、その旅の目指す形而上の目的地へ到達することは万人に可能だ。

コペル社の力を借りて「訪れない観光」に旅立とうではないか。

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前回紹介したマーシャル神話に関して追記しておきたいことがある。

心優しい末っ子ジャブロが、母親の作った帆で10人兄弟のカヌーレースに勝利し、万民に愛される指導者となった…

という概略だったが、そのレース後半には勝敗を左右するもう一幕があったのである。

帆を得てスピードをあげたジャブロのカヌーは先頭を行く長男に追いつくが、ずる賢い長男は強引にカヌーの交換をせまり帆付きに乗り換える。

ところが、操り方を知らなかったために反対方向に流されてしまい、その間にジャブロがゴールしたというのがレースの結末なのである。

キリバス元首の言葉やコペル社の取り組みを経て、この神話を再見する。

すると、「帆」とは文明やテクノロジーの象徴であり、そこに風を受けて進むことが「開発」なのではないかと思えてくる。

大切なことは「帆」の扱い方を間違わないことだ。
そして、どんな海を旅していようと、僕らのゴールは「豊かさ」なのである。

次回は2番目の訪問国ナウル共和国を紹介しよう。

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

第130話。
260回連載の折り返し地点です。

20年前に5年の歳月をかけてオンライン連載した小説を改めてnoteに再生?しようと思った理由はある種の「危機感」でした。

それもにわかに感じた危機感ではなく、連載終了後の20年間に持病のように僕の心と頭に寄生していた危機感。

豊かな未来を信じ、望んで物語を創作するという僕のスタイルは今も昔も変わりません。
『儚き島』はインターネットの登場で変容した執筆活動の環境やスタイルを受けて、作品そのものを未来からのバックキャスティングさせようという挑戦でした。

マイクロソフトというスポンサーを獲得して海外を飛び回れたのも特筆すべき「変容」でしたが、片道切符で放浪の旅に出るような創作活動がビジネスになったというのが当時の僕にとって成果でした。

今回のストーリーにあるような21世紀の空想旅行社としてのコペル社や南洋の島嶼国家を転々と巡るTWCのプロジェクトなどは執筆開始の段階でプロットしていた要素ではなく。全てがウィークリー連載と並行して企画していった「即興編集」でした。

で、持病のように僕に寄生した危機感のこと。
それは、残念ながら2004年に僕が構想した2024年は実現していないという現実。

テクノロジーがもたらした「変容」は想像以上でしたが、世の中は豊かに「変容」していません。

各論OK、総論NGです。

持病は排除可能なのか?
残る130話をアップしながら考えていきます。
/江藤誠晃

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