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129.世界で一番早い朝
2004.8.3
【連載小説129/260】
昔々、太平洋上にある小さな南の島でのお話。
酋長の座を巡って争いを重ねる10人兄弟が、カヌーレースで決着をつけることになった。
手漕ぎカヌーのレースは、体力にまさる長男を先頭に、最後尾は小さな末っ子という予想の順位で進む。
ところが、コース途中の島で大きな荷物を持ってカヌー乗船を待つ彼らの母がいたことでレースの行く末は大きく変わった。
最初に島を通過した長男が他の兄弟の船に乗せてもらうよう母に言うと、続く弟達も次々と同じ言葉を残して去っていく。
そこへ最後にやってきた末っ子だけは快く母を乗せた。
すると、母は荷物の中からパンダナスの葉で織った一枚の大きなシートを取り出し、カヌーに取り付けるように言う。
これがその島における帆の始まりで、一気にスピードを得た末っ子のカヌーは大逆転勝利を収め、皆に慕われる指導者になった…
この神話の舞台はマーシャル諸島。
そして、英雄となった末っ子の名はジャブロ。
そう、TWCの航海の主役たるカヌー船名はこの物語に由来している。
(TWCの航海解説は第116話)
そして、僕にはこの勇敢にして心優しい少年のイメージが、トランスアイランドからクルーとして参加しているトモル君とだぶって思える。
「冒険」の主役には少年が似合うということだろうか?
毎日のようにトモル君から届くメールは、航海を外から観察する僕にとって重要な情報源であると同時に、興味深い視点でもある。
経験とそこから得た知識をベースに未知なる世界に臨む大人に対して、少年は驚きとそこから生まれるみずみずしい感性で世界を切り取るからだ。
航海はマーシャルのマジュロを出港後27日。
最初の訪問国でありキリバス共和国への旅を無事終えたようだ。
ジャブロ号の航海、第1回の報告書をお届けしよう。
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-世界で一番早い朝に出会いました-
7月12日。
キリバス共和国の首都タワラに到着した日にトモル君から届いたメールタイトルだ。
(マジュロ~タワラ間680キロの航程は予定どおり5日で走破した)
新鮮にして明快な彼のメールタイトルには常に心踊るものがある。
キリバスの紹介は、この「世界で一番早い朝」の話から入るのがいいだろう。
赤道と日付変更線が交差する太平洋の中心部500万平方kmの広海域に33の島々で構成されるのがキリバス共和国。
国家名に馴染みはなくとも、この国に属する「クリスマス島」の名を聞いたことがある人は少なくないだろう
陸地の面積合計は720平方kmで奄美王島とほぼ同じ、人口は10万人弱である。
実は、日付変更線が国を分断するかたちで南北に存在したため、以前のキリバスは国内にふたつの日付を持つ珍しい国だった。
西に位置する首都タワラが月曜になっても、東のクリスマス島は日曜のまま。
タワラが新年を迎えても、クリスマス島は大晦日。
といった具合である。
しかし、これでは何かと不便ということで1995年にキリバス政府は日付の国内統一を決定し、クリスマス島をはじめとする旧日付変更線東側の島々をタワラ側の時間に組み入れることにした。
今日、地球儀や世界地図を見ると、日付変更線が赤道付近で大きく東側にいびつなかたちで張り出しているのはこのためである。
ところが、このキリバスの内部事情による決定が、直後に国際的な問題となる。
「世界で最初に2000年の日の出を見よう!」
そんなミレニアム観光キャンペーンが太平洋各地で繰り広げられていた最中だったからである。
このキャンペーンは、当初ニュージーランドやフィジーが主導的に展開していたが、キリバスが圧倒的優位をもって参入することになった。
キリバス国境が旧日付変更線に対して3500kmほど東に移動したからである。
加えて、キリバス政府が東端に位置する「カロライン島」が世界で最初に日の出を見ることが出来る場所だとして「ミレニアム島」と改名までしてしまったものだから、周辺国からの批判の声が挙がり、1996年に関係国家が集まっての協議がもたれるまでに至った。
結果としては、日付変更線移動が国際法の及ばないものであったことから、「世界で一番早い朝」競争はキリバスの勝利となった。
もっとも観光誘致のパブリシティ効果をねらったこのキャンペーンも、観光産業に力を入れるキリバスにとってスマッシュヒットとはならなかったようだが…
では、その産業についてまとめよう。
1979年に英国から独立するまでのキリバスにおける主要産業はリン鉱石の輸出であったが、この資源が枯渇したため、今は漁業とコプラ生産を主産業に観光にも力を入れている。
また、漁業に関連する収益としては、漁業協定による入漁料が政府の歳入に大きく貢献している。
ただし、これらだけでは自立経済達成には程遠く、オーストラリア、ニュージーランド、日本などによる経済援助に依存しているのが実情だ。
将来に向けて注目すべきは、赤道に近い地理的条件を活かした先進国の宇宙開発事業への協力活動であろう。
日本の宇宙開発事業団NASDAの衛星追跡基地がクリスマス島にあり、日本のスペースシャトル計画にとっても重要な拠点になるという。
次にキリバスの国際関係を見てみよう。
最初にキリバスに渡来したのはデ・キロスというスペイン人探検家で1606年。
その後、イギリスやアメリカの捕鯨船基地となったのは他の太平洋島嶼国家と同様の歴史。
1892年にイギリスが保護領宣言し、リン鉱石が発見されると、1916年に植民地化。
第二次世界大戦中には日本軍に占領されるが、戦後再びイギリスの支配下となり、1979年7月に独立。
と、歴史的には西欧の影響を多く受けてきたキリバスだが、21世紀の今は少し違う。
通貨:オーストラリアドル。
主要輸出国:日本、バングラディッシュ、ブラジル
主要輸入国:オーストラリア、日本、フィジー
(2000年データ)
2003年に台湾と外交関係樹立。
これらのデータに、多様な国際関係を模索する政府の外交姿勢が現れている。
太平洋を核とする通商国家への飛躍が期待されているのだ。
-この国の中に世界がありました-
とは、キリバスを去る日にトモル君がくれたメールタイトルである。
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TWCの活動についても記しておこう。
実は、キリバスへの到着を7月12日としたのには大きな理由があった。
この日はキリバス共和国の独立記念日だったのである。
クリスマス島が珊瑚礁だけで出来ている世界最大の島であることからも、キリバスはTWCにとって重要な連携国である。
珊瑚に囲まれて生きる島の民の知的ネットワーク創造という目的を充分に共有できるからだ。
「環境保全や伝統的な民俗文化の継承を確かなものとしつつ、自立経済を達成する」
そんな島嶼国家に共通するテーマが、キリバスにおいても独立後4半世紀の節目を迎えて高まる中のTWC訪問はタイムリーなものだった。
今後の様々な交流活動を約束して、一行はキリバスを後にしたようだ。
航海の次なる目的地はナウル共和国の首都ヤレンだ。
次はどんなメールタイトルでトモル君が僕を楽しませてくれるのだろう?
------ To be continued ------
※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。
【回顧録】
キリバスの国旗はいかにも南国の島のデザイン。
太平洋から昇る朝日の上をグンカンドリが飛ぶ姿を図案化したもので、グンカンドリは海を治める力のシンボルで「希望の象徴」でもあるそうです。
では、グンカンドリはどんな鳥かというと、高い飛翔能力を持ち、地上に降りることなく数週間〜2ヶ月継続して飛び続けられるとのこと。
さらに調べると、グンカンドリは上昇気流に乗って空中を旋回する際、進行方向側の目を開けて周囲を観察しながら、もう一方の目を閉じて脳の半分を眠らせているとか。
飛びながら眠る…という、なんとも器用な鳥なのです。
マーシャル諸島共和国同様、国家予算の約50 %が海外からの支援によって賄われている「援助漬け国家」で、観光産業はGDPの約20%を占めていたようですが、コロナ禍で大打撃を受けたようです。
「世界で一番早い朝に出会える国」であると同時に、地球温暖化に伴う海面上昇で「世界で一番早く国土が沈む国」とも呼ばれていましたが、20年を経て、今のところは大丈夫のようです。
/江藤誠晃