015.郷土意識の芽生え
2002.5.28
【連載小説15/260】
WelcomeとSee you again。
「ようこそ」と「またいつか」。
最近の島の暮らしで、最も多く発する言葉は、間違いなくこのふたつだ。
僕だけではなく、全ての島民がそうだろう。
トランスアイランドの主要産業である観光客誘致が順調である。
飛行艇でハワイからやって来る観光客と交わす挨拶や語らいが、日々の生活に大きな割合を占めるよういなった。
「来るヒト」と「迎えるヒト」。
その関係性が生まれるだけで、二ヶ月の歴史しか重ねていないにもかかわらず、島に住む者に明確な郷土意識が芽生えている。
だが、これは決して不思議なことではない。
声にしなくても、「ようこそ」と「またいつか」に続く言葉は「我が島へ」なのだから、自ら根をおろして生きると決めれば、そこが即、郷土なのである。
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昼間人口と夜間人口から、トランスアイランドを観察すると面白い。
夜明けと共にスタートする島の生活は、最初は静か。
黙々と摂る朝食にはじまって、あるヒトは日課の散歩やランニング、あるヒトは早朝の農耕作業や漁業、またあるヒトは早くもディスプレイに向かって仕事をスタート…と、200名強がそれぞれの一日を起動し、上昇する太陽のごとく島の時間が活性化していく。
午前10時。
ハワイのオアフ島から観光飛行艇が島北部の海岸に着水し、100名前後のツーリストが島に降り立つと、島は一気に賑やかになる。
まだ宿泊施設のないトランスアイランドへの観光は、日帰りのオプショナルツアーとして組まれており、離島好きのナチュラリストや研究熱心なエコロジスト、島への移住希望者などが入れ替わりやってくる。
ツーリストは未来研究所や環境博物館、ギャラリーを訪ねたり、カフェやビーチでのんびりしたり…と、思い思いのアイランドタイムを過ごしているが、トラベルエージェントによると、最も人気?を集めているのが島民との語らいだという。
一部のワーカーを除いては、比較的「何もしないこと」をモットーとする島民が多いから、
島民とツーリストのおしゃべりのコミュニケーションが自然発生的にあちこちで生まれる。
訪れる側も、時間に追われて名所旧跡や人工的アトラクションを駆け足で巡るような、ゆとりのない観光を目的とする人たちではないから、挨拶から始まった会話が充実した議論や情報交換の場に発展したりして共に楽しいひと時を過ごせるのである。
午後5時。
帰路に着くツーリストたちを見送る島民が海岸に集まり、互いに手を振って別れを惜しむ中、飛行艇は夕陽を浴びながら飛び立っていく。
東の空に銀色の機体が消えると、島には静かな時間が戻り、島民も夕食や仕事、読書…と個々のプライベートな活動に戻る。
午後9時を過ぎる頃。
各戸の灯りが次第に消えはじめ、やがて満点の星空の下、波の音だけが心地良く響く時間になると、全島民を優しく包んで、島そのものが穏やかな眠りに着く。
昼間人口はその実数以上に賑やかで活性化し、夜間人口は深夜に至って無に等しいかのごとく沈静化する…
「動」と「静」が波打つリズムの中に生きる充実感。
それを可能とするのが「来るヒト」と「迎えるヒト」の関係性なのだ。
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たとえ空間的に孤立していても、精神的孤立はないというのがネットワーク社会の魅力ではないだろうか?
こうして夜の静かな時間に手記の執筆に向かう僕宛に何通ものメールが到着するが、その中にビーチで語り合ったツーリストの面々からの便りが混ざるようになった。
リターンメールを交わす間に、数週間前のたった1時間の共有者が、旧知の友のごとき存在に自動変換されている不思議さと豊かさ…
こんな感覚を、日本に住んでいた頃は決して得ることがなかった。
出会いは一期一会であっても、そこから生まれるコミュニケーションの可能性は無尽蔵。
小さな島に住む者ならでは芽生える郷土意識によって、世界はひとつに結ばれる。
そしてそのスタートが、日常のさりげなく交わす挨拶だったりするわけだ。
※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。
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