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034.ナタリーの旅

2002.10.8
【連載小説34/260】


「僕らには、語り合うべきことが山ほどある」
「どれだけ語り合っても、話題はつきない」
「明日も会おう、もっと話し合おう」

恋人たちのセリフではない。
ここのところ定例のコミッティ会議だけでは物足りず、毎日のようにノースイースト・ヴィレッジのカフェに集まって議論を重ねている僕たちトランス・エージェントの合言葉だ。

Café Isleは、島で一番人が集まる場所。
間もなく、開店後の延べ集客数が1万人を数えるという。
我々エージェントだけではなく、議論好き、対話好きの島民にもってこいの場所なのだろう。テラスの周囲に原色の花々が咲き、そのすぐ向こうに波が打ち寄せるこの店は、静かな島にあって日々盛況で賑やかだ。

そして、僕はといえば、ここ数日ナタリーとの議論に花を咲かせている。

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ナタリーと会うのはほぼ2ヶ月ぶりだった。
8月中旬に島を発ち、リオデジャネイロを経てヨハネスブルグの「環境開発サミット」に参加した彼女がトランスアイランドへ戻った数日前に僕がマーシャル諸島へと旅立っていたからだ。

マーシャルへの旅で僕の中の何かが変わったように、南米から南アフリカへの旅を終えたナタリーにも変化があったようだ。そして、その心中に共通する変化故に、互いの報告とそこから生まれる議論は充実したものとなった。

「変化も不変も包含して環境はあり続けるのよ…」
と、何かの拍子にナタリーは語った。
その時、僕は彼女の中の微妙な変化を感じ取った。

行動する環境ジャーナリストとしてその名を知られた彼女の厳しい眼差しの向こうに、今までにない、包み込むような優しさを感じたのだ。
そのことを指摘した僕に対して彼女は、走り続けてきた過去を今回の旅の中で振り返って整理することができたからだろうと言う。

ナタリーが環境問題に取り組みはじめた20年前、「エコロジー」はまだ自然愛好者の理想主義や一種の左翼的スローガンの域を出ず、世の中の主流は進歩主義と共にあった。

大きな転機となったのが1992年のブラジルにおける「地球サミット」。
世界から200近い国家の代表が集まり、環境と共にある未来を宣言し、その後の具体活動のスタートとなった。
そして、ナタリー自身もこのリオ・サミットのレポートが注目されたことで環境ジャーナリストとしての道を拓くことになったのである。

「常に焦りと共に闘ってきた。でも、リオからの10年を振り返って、決して満足はできないけど、確実に何かが変わってきたな、とヨハネスブルグで実感したの…」

2002年の今、地球の温暖化は止まらず、湿地破壊は増え、熱帯雨林伐採は変わらぬペースで進み、絶滅危惧種は後を絶たない。
主たる問題の現実のみを取り上げれば、環境問題は荒れる大海へ小船で漕ぎ出すのに似て、一見達成不可能な難航だ。10年を経ても目指す大地の影さえ見えない。

しかし、その現場で生きてきた彼女にしてみれば、各国の取り組みや有力企業が打ち出す具体策、続々誕生するNPOやNGOの活動…と、着実にひとつの大きなベクトルが生まれ育ったとの実感をヨハネスブルグで得たと言う。
大いなる目標を見据える視線と、そこに結集するパワーだ。
きっとナタリーはひと月の旅で、自ら信じて進んできた20年の歳月を辿り直したのだ。

前回、僕は21世紀の今を1000年レベルの転換期と書いた。
が、一方でそのマクロの時間が10年、さらには1年というミクロの積み重ねの延長線上にあることも忘れてはいけないことを、ナタリーと過ごすカフェの時間で再確認した。

10年で「変われた」部分は確実に継承し、「変われなかった」部分を次なる10年で変化させて行く…
ナタリーがそんな悟りを得たのだとしたら、それは、そのまま彼女の新しい10年へ向かう決意でもあるのだろう。そして、僕がマーシャル行で得た悟りも、同様にそのまま僕の決意として心の中にあり、重ねる議論で彼女に充分伝わったと思っている。

さて、肝心な僕らの会話の中身、つまりはトランスアイランドの向こう10年の様々なシナリオを紹介できなかった。
が、それら全て披露するにはこの手記ではスペース不足だ。
何せ僕とナタリーだけでなく、エージェント達の議論は枯れない井戸のごとく無尽蔵なのだから…
島民諸氏には、具体化していく各種の取り組みの中に、その成果を感じていただきたい。
もちろん、カフェでの議論への参加は大歓迎だ。

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エージェントたちが誰からともなく、日々カフェに集って熱心に議論を重ねるようになったのは、トランスアイランドという小環境における体系的帰属本能によるものではないだろうか?
環境や社会、文化といった、互いに切り離せないファクターに携わる者同志、自らを高めるために他者と繋がることが最も重要であることを本能的に感じているのだ。

点はもうひとつの点と繋がることで線となり、さらにそこに新たな点が加わることで線から面へと進化していく。

明日は、僕とナタリーの議論にあのエージェントを加えてみようと考え、既に彼を誘ってある。
多分、島の未来シナリオが大きく前進するはずだ。


------ To be continued ------

※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

僕が90年代前半から地球における環境問題を追いかけるきっかけとなったのが1992年に開催された『地球サミット』でした。
正式名称が『環境と開発に関する国際連合会議』のこのスキームではじめて国連という組織の中身を知ることができた体験だったかもしれません。

あれから30年を経た21世紀の今、国連は『SDGs』という新たな仕組みで持続可能な地球を模索していますが、そのルーツにリオのサミットを位置付けることができます。

長期連載となった『儚き島』には続々と個性的な人物が登場しますが、環境を語るキャラクターにナタリーという女性を設定しました。
その意図は真名哲也という僕のアヴァター的主人公による主観的なモノローグ作品に客観性を取り込む仕掛けでした。

「そういえば、ナタリーは今、どこで何をしているんだろう?」
そんなことを考えるためにこの回顧録をアーカイブしているようにも思えます。
/江藤誠晃

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