007.10000人の島
2002.4.2
【連載小説7/260】
日本の4月は新しい年度の始まり。
進学や就職という人生の節目に立って、希望に胸膨らませるたくさんの人たち。
彼らの眼に映る色彩は、どこまでも青い春空と満開のサクラの桃色。
ポジティブに未来を見つめる人の前で、自然はいつも色鮮やかだ。
トランスアイランドに住む僕も同様の気持ちで2002年4月1日を迎えた。
木造りのシンプルな小屋の前に広がる白砂のビーチはどこまでも白く、その先の太平洋と見上げる空はどこまでも青い。
小屋の背後に目をやれば、木々の緑と熱帯の花の赤が眩しい。
長年過ごした故国日本と新天地トランスアイランド。
大きな違いがあるとしたら、それは季節感なのだろう。
日本は四季の国で、ここは常夏の島。
桜は散るが、南洋の花々は年中咲き誇っている。
日本の日々は夢を見てもすぐ現実に取り込まれた。
そう、まるで散る花びらのごとく…
が、この島でなら夢の中に現実の足跡を着実に残していけそうだ。
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いよいよトランスアイランドが島国家としてスタートした。
正式に承認された国ではないから、「国家」という表現そのものは適切でないのかもしれない。
大国から見れば、この島社会は一民間のプロジェクトでしかないのだから…
が、あえて僕はこの手記の中でトランスアイランドを「国家」と表現していくつもりだ。
そもそも人類史を遡れば、どんな国家も「一定の人員」が「一定の地域」を「一定のルール」で占有し、自ら独立を宣言することで生まれたものだ。
現在に至る国際社会の複雑な関係も、長い年月の中で絡み合った糸を丁寧にほどいていけば、その一本一本の先に共通して、この島同様のスタートがあったはず。
遠い将来、トランスアイランドが国際社会で本当の独立宣言を行い、小さくとも豊かな「夢の島国家」として、世界中から憧憬の対象となるとなる可能性は決してゼロではない。
ゆえに僕は、この島社会を他国と同じ土俵の上で論じ、考え、まとめていこうと考えている。
で、まずは他国との比較の中にトランスアイランドを置いてみる。
最終的にトランスアイランドのスタート時における開拓民は192人となった。
そこで世界中で最も人口の少ない国家を調査。
「nesia」を立ち上げ、地理学データベースに接続し、統計データ項目の「総人口」をタップする。
画面上に表示された、中華人民共和国、インド、USA…と続くグラフを下へとスクロールすると、最下部に登場するのが「バチカン市国」。その人口はたった850人。
国名の上をたたくと詳細データの画面に変わる。
バチカン市国。
地理的にはイタリアのローマ市内にあり、ローマ教皇を元首に聖職者たちが住む人工の壁と門で囲われた国で、あのバチカン宮殿がある。
その成立の背景にカトリック信仰が大きな意味を持つ特異な国家で、この国とトランスアイランドの比較はやや難しい。
二番目の小国を見る。
国名は「ツバル」で人口は11000人。
ここなら少しは知っている。
南太平洋の西部、日付変更線の少し西にある環礁の諸島国家だ。おそらくここから3000キロ程の距離。
驚いたのは詳細データに記載された国土面積。
なんとトランスアイランドとほぼ同じ26平方キロメートル。
ついでに三番目を見ると、これももっと近い太平洋上の国「ナウル」。
人口は12000人で面積は21平方キロメートル。
その後も少人口数の20位までには、続々と太平洋上の島国家名が登場した。
掌上のデータを見て、僕は改めてトランスアイランドの計画に納得した。
以前ボブからトランス・コミッティが環境へのインパクトを考えて、この島の適正人口を10000人までと想定していることを聞いていたからだ。
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今日もひとり島民が増えたらしい。
この積み重ねの先に、いつかトランスアイランドも10000人レベルの国家となるのだろうか?
それはそれで楽しみだが、焦ってその姿を見たいとは思わない。
そこに流れる時間のように、島はゆったりとゆっくりと成長すればいいのだ。
------ To be continued ------
※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。
【回顧録】
この小説はマイクロソフトのデジタル端末のマーケティングノベルとしてスタートしたので、作品の中で未来の端末は掌の中でどこまで可能かを探る命題がありました。
当時はスマートフォンという名称も浸透しておらず、iPhone登場の5年前。この回で「世界中の統計データに簡単にアクセスできる」という機能を披露しましたが、20年を経た今、こんなことは当たり前になっています。
現在のスマートフォンで出来ることを全て知っていたら、このあたりの表現は違ったはずで、最低でもAIエージェントを呼び出して「ヘイ、nesia!」と呼びかけて情報収集したはず。
人類の未来予測は後から振り返って見ると外していることが多いものですが、都会から離れた南国に島に暮らしながらも世界を相手にビジネスが可能になると確信していた僕の願望的予測は当たっていたようです。
ただし、そこにコロナ禍を機に進化したリモートワークやワーケーションなどのバズワードが生まれていることは想定外でした。
/江藤誠晃
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