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133.南海の小さな天秤
2004.8.31
【連載小説133/260】
ハワイに来ている。
一昨日まではマウイ島のラハイナにいて、昨日からオアフ島のワイキキだ。
毎度のことながら事後報告となるが、マウイ島へは5月以来となるラハイナ・ヌーンの集いに顔を出してきた。
(創作の舞台を太平洋に置く作家の覆面会議については第88話)
今回は4名の作家の参加であったが、この会合においては常に架空のオブザーバーをプラス1名同席させたつもりで議論を重ねることになっている。
その特別参加者とはクジラ。
地球環境の未来やシンバイオシス(共生)を討論テーマとするラハイナ・ヌーン。
その場において、個々の主張する主観に対して客観のポジションを得るために「人間外」の自然界代表として一頭のクジラを招いたつもりで、議論の要所で意見を求めるのだ。
「この件について、君はどう思う?」
「こういった人類の行動を、君たちクジラの側から分析してくれないか?」
などと誰かが問いかけ、それに対するクジラの解答を皆で推測する。
大きなラウンドテーブルで食事と共に重ねる議論の場では、実際にひとつのチェアを開けて彼(クジラ)の席としているから、周囲から見ればおかしな光景かもしれない。
そんな今回のラハイナ・ヌーンにおいて、ある国家のことが大きな話題となった。
TWCの航海が現在第3の訪問地として訪れているツバルである。
僕にとっては共に現在進行形の「環太平洋友の輪」であるTWCとラハイナ・ヌーンの2つがタイミングよく交錯するから不思議なものである。
ツバルという小国の紹介はクジラを通じて始めることにしよう。
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実は、南太平洋に浮かぶ小国ツバルのことを、僕はこの『儚き島』で以前に紹介している。
2002年のトランスアイランド島開きの翌日に、世界で2番目に人口の少ない国家として取り上げたのだ。
(第7話)
国土面積が小さく、内に資源の少ない島嶼国家は、国際社会において通商国家とならざるをえない。
広大な経済水域を活かした他国からの入漁料や貿易の中継基地、観光産業などによる収入と引き換えに、先進国から文明の成果物を手に入れるのだ。
が、それだけでは国家運営が成り立たないのが現実で、先進国からの経済援助が大きな財政的柱となっている国が多い。
ツバルもそんな国のひとつで、米・日・仏の3国を主要援助国に持っている。
さて、先月の頭、珍しくそんなツバルに関するニュースが世界を駆け巡った。
ツバル外務省が国際捕鯨委員会(IWC)に加盟申請したのである。
同月19日にイタリアのソレントで開幕するIWCの年次総会を直前に控えたニュースだったこともあり大きな話題となった。
IWCにおいては日本やノルウェーの捕鯨国と、アメリカやイギリスの反捕鯨国が激しい対立関係にあり、捕鯨賛成の立場をとるツバルの参加は開発援助と引き換えに日本政府が持ちかけた「票買い」だとの批判が動物保護団体から飛びだしたことで、さらにニュースは大きくなった。
もっとも昨年の総会以降にIWCに加盟したのはツバルだけでなく、捕鯨賛成派としてモーリタニア、コートジボワール、スリナム、捕鯨反対派がハンガリー、ベルギーが参加。
両陣営の仲間獲得?活動は年々激しくなり、国家数においては拮抗する状態にある。
さて、この捕鯨論争に対して、僕やラハイナ・ヌーンの面々はどちらの陣営が正しいかの立場はとらないことにしている。
というよりは、この問題に関して客観的なポジションを貫こうと考えている。
なぜなら、IWCにおける対立の背後にはクジラという人類の友の「種の存続」テーマとは別の力学が微妙に作用しているからである。
(この複雑な関係については第89・90話で説明)
乱獲による絶滅からクジラを守る。
これは動物愛護の精神としてエコロジー的に重要な取り組みである。
一方で海洋民俗史に古くから続く神聖な自然との駆け引きとしての捕鯨がある。
この継承は文化的に貴重なものである。
客観的立場からすれば、双方足して2で割るところに着地点はないものかと思う。
種の絶滅に結びつかない適正量の狩猟である限り、自然側にいるクジラは食物連鎖の摂理の中に喜んでその身を犠牲にしてくれそうな気もする。
が、国家という存在は、純粋な自然との関係からあまりにも遠くへ来てしまった。
ひとつの対立が他の対立を巻き込んで、事態は常に複雑かつ大袈裟になっていくものなのだ。
その意味において、小国ツバルが捕鯨に賛成することは困難かつ勇気ある選択だ。
IWCで対立する日米両国は、同国にとって2大援助国だからである。
もし、捕鯨賛成に一票を投じなければ日本からの援助はどうなるのか?
反対に、この一票が米国と進める産業に悪影響を及ぼすことはないか?
多分ツバルは、天秤のごとく悩んだはずだ。
そして、クジラの問題だけではなく国際社会を相手に行う外交や通商にかかわる全ての選択が小国にとっては同様のことなのだ。
開発か保全か?
競争か共存か?
文明か自然か?
南海に浮かぶ小さな天秤は、これからも世界に試され続けることになる。
そして、非力なその両皿に乗る重りはあまりにも重たい。
天秤そのものが壊れなければいいのだが…
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TWCの航海、その後を報告しておこう。
ナウルの首都ヤレンを8月9日に出港したジャブロ号は18日にツバルの首都フナフチに入港した。
1600kmの航海を10日でこなしたことになる。
ちなみに、マーシャル諸島共和国のマジュロを出てからここまでの海上スケジュールは全て予定通りの順調なもので、疲れ知らずのジョンやトモル君たちは心身共に充実した日々を重ねているようだ。
併走船に乗っていたエージェントのケンは、ここで船を降りてトランスアイランドへ戻ってきた。
入れ替わりにハルコが合流し、フィジー諸島共和国までの旅を共にすることになる。
ツバルでの滞在は長く、9月中旬までの予定。
その間、マーシャルのカブア氏がツバル政府と事前に計画していた島周辺の珊瑚礁実態調査が行われる予定だ。
この島における環境調査はTWCの航海における重要な取り組みのひとつであり、調査船としての機能をあわせもつジャブロ号が活躍することになりそうだ。
(コペル社協力によるシステムは第130話で紹介)
次回もツバルという国家のレポートをお届けしよう。
------ To be continued ------
※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。
【回顧録】
1位:バチカン市国
2位:ツバル
3位:「ナウル」
20年前に調べた人口数が少ない国ベスト3。
2023年度の最新データを調べると…
1位 バチカン 615人
2位 ニウエ 1,888人
3位 ナウル 12,000人
4位 ツバル 12,000人
5位 パラオ 18,000人 0.01444%
です。
ニウエという小国が2位に入っていますがニュージーランド王国の構成国であるこの国は国連に加盟していないことから20年前のデータには登場していなかったようです。
日本が国家として承認したのも2015年なので、『儚き島』創作段階では目にしなかった…という訳です。
ちなみに国連非加盟の国を調べると、コソボ共和国、南オセチア共和国、チェチェン・イチケリア共和国など、国際的に知られる紛争がらみの国々が並びます。
台湾やパレスチナ国も加えて考えると、国連という枠組みが存在する国家群の総体ではないことがわかります。
『儚き島』で取り上げた2020年代には水没して消滅するのでは?とされたナウルやツバルの人口は、不思議なことに微増しています。
「未来予測は外れる」という事実をエビデンスベースで確認できる事項が南洋の島々にも当てはまります。
/江藤誠晃