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139.島々を繋ぐ島

2004.10.12
【連載小説139/260】

かつて、出会ったばかりのボブに、トランスプロジェクトの究極の目的を尋ねたことがある。
彼に誘われて乗ったセスナで、初めてトランスアイランドを訪れた時のことだったと思う。
第4話

「自然との共生という人類永遠のテーマに対して真正面から取り組み、それをグローバルなムーブメントとすることだ」

とボブは語った。

その時の僕は、南の島でテクノロジーとエコロジーが融合する中に人類の豊かな未来を模索しようというプロジェクトテーマの部分には大きな可能性を感じていた。

ちょうどソーラーや風力による代替エネルギーに興味を持ってあれこれ調べていた頃だったし、ITやモバイルによるライフスタイルのパーソナル化が、自然環境に対するローインパクト社会を実現すると考えていたからだ。

が一方で、ボブが力説したそれをグローバルなムーブメントとするという部分には疑問を感じていた。

文明から遠く離れた南の島にオルタナティブな理想郷的社会を実現することで、病める先進国家に警鐘を鳴らすことはできても、それを世界レベルの潮流にすることは困難だと考えていたのだ。

あれから3年近い月日が経過したが、僕は今、そんなあの頃の考え方を訂正し、可能だと宣言したい。
何故なら、この島に暮らして得た「世界はひとつに繋がっている」という確信があるからだ。

世界が有機的に繋がったひとつのものである以上、「ここだけ」の豊かさは目指す先にあらず。

正しいと感じること。
美しいと思うこと。
残したいと願うこと。

それらを世界に生きる全ての人々に伝える作業がトランスアイランド本来の目的なのだと、今では心底思っている。

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僕には島開き当初を振り返ってみての大きな誤算がもうひとつある。

200名足らずの開拓民でスタートした島民数が2年半を経て微増しているだけだという点である。

この島が食料とエネルギーの自給率100%を維持しながらも、自然環境とのバランスを保って数千人レベルの居住を許容することをボブから聞いていたこともあって、島民数は着々と増えていくものと思い込んでいたのだ。

生活の拠点性とある程度の定住が求められる島民数は、去る人と来る人の入れ替わりを重ね、結果としては微増に留まっている。
これに対して予想以上の数値を記録したのが、この島を訪れるツーリスト数であった。

ハワイはオアフ島発のオプショナルプログラムであるトランスアイランドツアーは、大きな宣伝をしているわけでもないのに、口コミとコペル社の努力によって今では年間稼動率70%以上の好業績を保っている。

また、その中には何度も島を訪れてくれるリピーターも数多く含まれ、着実にファンが増えているのがこの島の観光市場の特徴だ。
島を離れることが多い僕が顔馴染み故に島民だと思っていた人がハワイからの定期的訪問者だったりすることもある。

さて、今週はトランスアイランドの次なるヴィジョンを報告することになっていた。

建国3年目も後半に入ったコミッティ会議では、3周年を機に第2ステージともいえるステップに進むトランスプロジェクトの将来に関して様々な協議が重ねられている。

実は、島政を担うこの会議においては、大きく2種のオペレーション計画が策定されている。

ひとつは年度ごとの短期島政計画、もうひとつが3年をスパンとする中期島政計画だ。

短期計画は既に3期目に入っていて、個別事業が中心となっているから我々エージェントの関わりも深い。

コペル社と共同で行うTWCの航海支援や「nesia3」の開発、「オーガニック・ゼミナール」、「ハンディ・ミュージアム」などが具体例だ。
(それぞれ第1161139596話

中期計画に関しては最初の3ヶ年計画が建国前にコミッティ内で策定されていたから、我々エージェントも今回の第2ステージに初めて加わることになった。

計画細部はこれからの半年をかけて決定していくことになるが、決定した大きな指針を発表しておこう。

「交流人口の拡大」というのがそれだ。

これまでの3年間は島の地盤づくりと内政的充実が最優先課題であったが、次なる3年は対外活動に主軸を移行させていくことになる。
啓蒙活動を広げ、各種活動の連携を深める中にトランスアイランドをグローバル化させていくのだ。

そして、そのための重要な指標となるのが「交流人口」。

この島を訪れるツーリスト数の増加はもちろんのこと、個別事業を通じた人的ネットワークの拡大やインターネットを通じた情報交流の活性化を通じて、豊かな未来を願う人々の輪をより大きなものとしていこうということだ。
(この『儚き島』の読者増も、ひとつの指標である)

BLUEISMという世界に通用する価値観のハブ(中枢)としてのトランスアイランドの実現。
独立国家を目指すのではなく、国家や民族を超えた個々人の独立心を繋ぐ形而上の国家としてトランスアイランドは新たなステージを迎えることになる。

そう、島々を繋ぐ島だ。

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例えは悪いかもしれないが、島々や国々を旅してきた僕の半生はコピー&ペーストの日々だったのではないかと考えている。

人生の断片をパソコン操作的に表現したのには訳がある。

以前の僕は旅と共にある人生をカット&ペーストの日々と捉えていた。

故郷の日本を離れ南の島を転々とする生活を重ねていた頃も、トランスアイランドへ移住した当初も、自身の痕跡は常にその時々の自らと共にあり、各地を転々とする身軽さを信条に生きていたような気がするのだ。

が、決してそうではないことに気付いたのは、トランスアイランドという拠点を得て世界がよく見えるようになった頃だった。

自らの中で何かが蓄積されているという漠たる感覚…

その思いが特に強くなったのは、今年になって日本とトランスアイランドを頻繁に行き来するようになったからである。

単に往来の回数が多いだけではなく、「大きくなり過ぎた島国」という雑誌上の連載企画を通じて、母国日本や文明というものを客観視する機会に恵まれたことが大きな影響なのだろう。
(詳細は第101話

旅する自己とは一種のドキュメントであり、旅した先の数だけ点在するホルダーにその軌跡が格納されていく蓄積型のコンテンツだ。

そして、再訪を繰り返すということは新たな自己がその地で更新されていくということに他ならない。

フロー型のカット&ペーストでは不可能な、時を重ねるごとに深みを増すコピー&ペーストの人生。

旅の数だけ新たな出会いがあり、島へ戻る度に新たな自分を発見する…

旅する僕もまた島々を繋ぐ島のごとき存在になれるなら、豊かな人生の第2ステージは可能だと信じている。

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

『儚き島』という小説を連載した5年の月日は「旅と共に生きる」僕にとって、それまでの人生を振り返り、その後の人生を考える貴重なトランジットタイムだと思います。

20年の月日を経て、世界は思ったほど楽観的に進みませんでしたし、想像以上に悲観的な真実に触れる機会を重ねてきました。

ただ、極小の自分と極大の世界を向き合わせて、様々な社会課題に対する問題意識をそのままにせず、行動として人生にしていこうと意識そのものはしっかり継続してこれたかなと思います。

この回に記した「コピー&ペーストの人生」とはそういうことなのです。

真名哲也が語った
旅の数だけ新たな出会いがあり、島へ戻る度に新たな自分を発見する…
というスローガンのようなものを共有しながら僕は留まらない日々を重ねてきました。

「島へ戻る」という表現を深読みすると、真名哲也が僕に対して「時々こちら側に戻ってこいよ」と呟いているような気もします。
/江藤誠晃

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