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131.天与の資源
2004.8.17
【連載小説131/260】
-見た目は同じなんだけど-
TWCの航海、2番目の訪問国ナウルから届いたトモル君のメールタイトルである。
彼はとても驚いたようである。
先に訪れたキリバス共和国とナウル共和国は距離にして約700km。
南洋の島としての外見は同じなのに、そこで日々を重ねる中で知る中身が全く異なるものだからである。
端的に言えば、ナウルという国家は病んでいるのだ。
1968年にミクロネシアの国としては早期に独立を果たしたこの国は、長く「世界で最も金持ちの島」とまで呼ばれた存在だった。
ところが今や財政難で国家存亡の危機に瀕している。
歴史に「if」は禁物である。
が、もしこの国の独立があと10年遅ければ、あるいは独立後の国家運営の手法が違っていたら、キリバスとナウルは極めてよく似た隣国だったかもしれないのだ。
昨年この国を訪れ、今回も航海に同行しているエージェントのケンからある程度の知識は得ていたが、どうやら事態はかなり深刻なようである。
(昨年9月のケンのナウル行は第83話で紹介)
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ナウルがかつて金持ち国家であったのは、面積21平方kmのこの島から採取される豊富なリン鉱石によるものだった。
リン鉱石は肥料の原料として19世紀以来世界中で重宝されてきた天然資源である。
資源というものは万国平等にその土地の下に埋蔵されるものではないから、豊富な地に世界中から採取者が集中するか、そこで利権を握る者が世界を相手に富を得ようと夢見ることになる。
ナウルでいえば、前者が西欧諸国による統治時代であり、後者が独立後のバブルとなった。
独立後、国有化した採掘権により莫大な利益を得たナウルの成金ぶりはこうだ。
●税金なし。
●教育費無料。
●公共料金なし。
●医療費無料。
リン鉱石輸出で得た利益の再投資もすごかった。
●ハワイ、サイパン、グアムなどでのリゾートホテル所有。
●国営の海運及び航空会社による運輸業。
●資産増を狙う先進国での証券投資。
が、一方で生活や経済の急変は人心を惑わし、社会悪の蔓延に繋がるのが歴史の常だ。
重労働を外国人労働者に押し付け、楽な仕事で高給を得る。
有り余る金銭は酒やギャンブルに流れ、犯罪が増える。
主婦は家事を半ば放棄し、食事を輸入品の缶詰やレトルトで済ませる。
放任される子供たちは車を乗り回し不良化する。
為政者に目を転じれば、権力闘争の繰り返し。
大統領の不信任合戦で年に何度も政権が変わり、国家の方向性が定まらない。
ところが、いつまでもそんなことはしていられない状況となってきた。
いよいよリン鉱石の枯渇が現実問題となってきたからである。
そもそも、リン鉱石がなくなることは独立段階で予想されていたことであり、それ故にナウル政府は前出の各種の事業を展開したのだが、それら全ては失敗に終わった。
計画性のなかった運輸業は慢性の赤字。
不動産の価値は下落し、証券投資は紙切れ化…
といった具合だ。
最近ではオーストラリア政府からアフガン・イラク難民受け入れを代償に金銭援助を得ていたものの、劣悪な環境に難民から訴訟を起こされ、豪政府が難民の引き戻しを決定する始末。
ちょうどTWCが到着する前週にはオーストラリア財務省スタッフのナウル入りがニュースとなり、いよいよ外部主導によるナウル再建時代に突入か?とも噂されているらしい。
そんな訳で、TWCのナウル滞在は成果なきままに終わってしまったようだ。
6月に大統領が変わったことにより(それも同一人物による3回目の復権)、プロジェクトによる連携を打診していた前政権との話が白紙に戻り、何日も待たされた後に短時間のプレゼンテーションを行ったのみで、具体レベルの話ができないまま予定滞在期間が過ぎてしまった。
一行は仕方なく、8月9日に次なる目的国ツバルへ向かったそうだ。
そんなナウルの実情に対しては、ケンが鋭い分析をレポートでくれた。
曰く、自然を相手に人類が作るシナリオというものは、常に人類によって狂わされるものだということ。
文明の消費パワーが自然界の生産リズムを大きく超えてしまう現象が、何万年かけて蓄えられたリン鉱石を何百年かで枯渇させてしまった。
このことは、限りある資源に限りない未来を託すことは不可能だという人類が学ぶべき大きな教訓であり、21世紀における石油問題も同様だという。
また、80年代から90年代にかけてナウル政府が行った国家経営戦略と日本の企業がバブル経済期に行ったビジネスの類似性に触れて、哲学なきマネーゲームに没頭する愚かさは、ギャンブルに内在する悪しき要素の最も高リスクな社会顕在化だという。
歴史に「if」は禁物である。
が、過去の失敗に「why」でアプローチし、未来への「how」を探る作業は、常に課題として人類に残るのだ。
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ナウルに未来はないのか?
決してそうではない。
リン鉱石とは何か?
なぜこの国に豊富に埋蔵されていたのか?
そこを見直すところにナウル再建のヒントがあるように思えるので記しておこう。
かつてナウルという島は何万年にもわたって海鳥の繁殖地だった。
そこに堆積する鳥の糞が珊瑚礁の石灰質と科学反応を起こして生まれるのがリン鉱石である。
つまり、空と海の生命の営みが有機的に繋がるところに生まれた「天与の資源」がリンであり、人類は後からそこへやって来て歴史を掘り返した参入者にすぎなかったということ。
ならば、発想を転換して資源の搾取者から再生産者になればいい
360度を囲む広大な海とそこに息づく海洋資源。
クリーンなエネルギーを生み出す太陽光と海上に吹く風の圧倒的量。
そう、南の島は「天与の資源」の宝庫であり、加えて僕たち人類が生まれ持つ豊かな想像力も「天与の資源」だと考えるなら、それが珊瑚礁や海や空と科学反応を起こすことで21世紀的な「知の鉱石」発掘も可能なはずだ。
自らを取り巻く自然界の中に人類を有機的に連鎖させれば、持続可能な社会と島嶼国家の新しい産業構造は可能だとケンは常に力説している。
僕も同感である。
今は病めるナウルも決して文明社会を漂流する孤島ではない。
限りない未来は、限りない連鎖の中に求めればいいのだ。
------ To be continued ------
※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。
【回顧録】
ナウルという島嶼国家がその後どうなったのか気になってWikipediaを覗いてみると…
冒頭に「リン鉱石の枯渇により1990年代後半から経済が破綻状態となり、再建に向け模索が続いている」と記されています。
国家が崩壊することはなく、足踏み状態のようで『儚き島』の登場メンバーのひとりであるケンが語った「自らを取り巻く自然界の中に人類を有機的に連鎖させれば、持続可能な社会と島嶼国家の新しい産業構造は可能だ」という見立ては難しかったようです。
一方、外交の軌跡について以下のような記載があります。
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ナウルは2002年から2005年にかけて中華人民共和国と国交を結んでいたが、その後台湾と国交を結び、中華人民共和国とは国交を断絶していた。また2024年1月15日には国家と国民にとっての最善の利益を考えて中華民国(台湾)と断交し、中華人民共和国の国家承認を行うと発表した[26]。台湾との断交は二回目である。
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20年前の当時、ナウルだけでなく、キリバスもツバルも台湾と国交を樹立していましたが、現在は中国に寝返って?います。
南洋島嶼国家の中国と台湾に関わる国交の樹立を追いかけると複雑な国際関係が浮かび上がってくるのです。
独自産業に活路がなく、援助外交獲得を国策とする小国にとっては大国からの援助はある種の産業のようなものです。
近年「台湾有事」にリアリティが増していますが、この問題は東アジアの地政学にとどまらない「世界」を巻き込んだ力学なのです。
/江藤誠晃