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051.究極のホテル

2003.2.4
【連載小説51/260】


-幻のリゾートホテル?-
今回はトランスアイランド観光開発に関する裏話を披露しよう。

実は、コミッティの当初計画にリゾートホテルの建設案があった。
もちろん、ホテルといっても大げさなものではない。
ゲスト専用のコッテージが10数棟並んだ宿泊専用ゾーンで、飛行艇着水ポイントからのアクセスが便利なNWヴィレッジとNEヴィレッジの境界付近が候補地として挙がっていた。

コミッティハウスに残っている計画書を見れば、いわゆるB&B(ベッド&ブレックファスト)タイプの施設で、提供するサービスもスタッフも最小限に抑えられ、パブリックスペースとして小さなバーだけが中央に存在するシンプルなものだった。

開島当初は日帰り観光客を誘致し、半年経過後あたりから徐々に宿泊客を呼び込む予定であったから、本来なら8月あたりに着工することになっていたのだが、コミッティサイドにとっての予想外の誤算から計画は中止された。

が、これはネガティブな中止ではなかった。
いわゆる、発展的計画解消だったのである。

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2月に入り、トランスアイランド開島から10ヶ月が経った。
その間、受け入れたツーリスト数は2万人を越えているから、平均すると1日あたり70人近い人がゲストとして島に滞在していることになる。
また、宿泊者比率は着々と増加し、今では多い日で40名程度が何処かに宿をとっているという。

この数自体は誤算ではない。
総量規制をかけながら、環境と島民生活に配慮した誘客政策をとるコミッティの計画通りに進んでいる。
うれしい誤算は現場から生まれたその形態の方だった。

ひとつ目の誤算は、自然発生的に広まったホームステイ型の宿泊スタイルだ。
おもてなし精神の強い島民が多かったということだろう。
島内各地で交わされる会話やアクティビティの延長線上に島民がツーリストを招き、一夜の宿を供するというボランティア活動(誰も対価を求めていない)が生まれたのである。

加えて、島民の中には常時島に滞在しないパートタイム島民(つまりはセカンドハウス的家屋所持者)が多数存在し、さらにはその空き家管理を引き受ける人もいて、オーナーの了解のもと、一種の貸し別荘的宿泊施設が流動的に存在していることも受け入れキャパシティ拡大に寄与している。

今では、その日のホームステイ受け入れ可能島民がネットワークに自主登録することで、全ツーリストに島到着後に配られるPDA「nesia for tourist」の専用チャンネルにリアルタイムで情報がアップされ、ツーリストは趣味や目的に応じてホームステイ地を選ぶことが可能となっている。

ふたつ目の誤算。
それは野宿ツーリストの存在だ。
気候が安定し、夜間気温が戸外睡眠に最適の島では、島民の中にもシュラフにくるまって波の音を聞き、満点の星空を見ながら心地良い睡眠を重ねる人がいる位だから、キャンプ滞在もツーリスト側のブームとして広がった。

コミッティは寝袋やテントのレンタルサービスを充実させたし、寝袋持参のツーリストも着実に増加している。
自然と人との共生がテーマとして色濃いSWヴィレッジとSEヴィレッジで目立つ宿泊形態といってもいいだろう。

これらを紹介すれば、リゾートホテル建設中止の意味は容易に想像いただけるだろう。
ホテルというサービスを持てば生まれる付加的なサービス。
それらが島民のボランティアとツーリストの自主行動により、全て省略可能となるのである。

ポーター不要。
チェックイン手続きなし。
キーなし。
オールセルフサービス。
加えてノーチャージ。

にも関らず、迎える側も訪れる側も精神的満足を享受し、島そのものは自然という最大のソフトをライヴにアピール可能。

これぞトランスアイランドの「BLUEISM」を具現化した「究極のホテル」ではないだろうか?

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観光産業において常に求められるのが、「ホスピタリティ」の精神である。
ホスピタリティとは、ラテン語で客人の保護者を意味するhospesを語源に持ち、一般的には「人を親切にもてなす心」とされ、hotelやhospitalにも派生する概念である。

従来型のリゾートにおける「おもてなし」という考え方からすれば、旅人を迎える側は最良・最新のサービスを適度なコスト負担のもとに準備すべきということになる。

が、どうだろう?
一歩進んで考えれば、ホスピタリティとは、もてなす側(ホスト)ともてなされる側(ゲスト)の相互理解や信頼の上に成り立つ関係性の豊かさの尺度ではないだろうか。

その意味においては、足し算型の文明とは一線を画し、多くを持たない「適正」の中に真の豊かさを求めるトランスアイランドがホテル計画を撤回したことの意義は深い。

究極のホテルとは、建物としてのハードウェアやサービスというソフトウェアの充実の前に、優れたヒューマンウェアによって支えられるべきものである。
ある意味でトランスアイランドそのものが既にハード&ソフトの装置としては完成されてあり、そこにヒューマンウェアが効果的に加わったということ。
そう、ローコスト&ローインパクトホテルの誕生だったのだ。

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

手前味噌になりますが、この連載小説をアップしていた2003年はAirbnb(エアビーアンドビー)が創業した2008年の5年前。

民泊とかシェアリングエコノミーなどのバズワードが生まれる前ですが、僕は空想小説の中に「夢のホテル」を創造しました。

今やエアビーは旅行業界最大の時価総額を誇るグローバル企業となり、一見するだけではオンライントラベルエージェントですが、創業期の公式サイトにはツリーハウスやモーターホームなど、ワクワクするステイプログラムが並んでいました。

旅行産業にも持続可能性が問われる今、旅人はどこまで人智を離れ、自然に近い所で眠れる場所が存在するのか?を再考すべきだと思います。
/江藤誠晃




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