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105.リトルドラゴンの不思議

2004.2.17
【連載小説105/260】

60億人存在する地球上の人口。
それを幾つかのグループに分ける手法を考えてみよう。

まず誰もが国家という枠組みを思いつく。
が、ここでは国家そのものを論じたいので他の視点を求める。

大陸という物理的空間。

土地は人類を受け入れる器である。
ユーラシア大陸、南北米大陸、オセアニア大陸…といった大きな器から分類していけば人類のグルーピングは容易い。

次に民族。

国家建設に先立つのが人間集団としてのエスニックグループの存在。
言語や習慣による区分は文化人類学的アプローチとして有効だ。

もうひとつが宗教。

世界の大半は、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教、仏教とそれらの分派で色分け可能だから、精神行為としての信仰や神との関わりは人類をグループ化する大きなファクターだ。

で、シンガポールという国を見る。

すると、なんとも不思議なのである。

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20世紀後半に現れた飛龍のごとき国家のことを解説しよう。

アセアンを代表する先進国として誰もがその名を知る存在でありながら、シンガポールの正確な位置を指し示すことのできる人は少ないのではないだろうか?

いや地球儀を覗き込んでも、世界地図を俯瞰しても、この国はあまりに小さいのである。

物理的空間は本島の大きさが585平方kmで、日本でいうと東京23区より小さく淡路島とほぼ同じ面積なのだから無理はない。

おまけに、この小さな国土の中に、中国系、マレー系、インド系、その他のエスニックグループがそれぞれの信仰と文化を守りながら共存している。

民族や宗教の分布に応じて枠組みとしての国家が成立するという前提はシンガポールに対して当てはまらない。

この国では国家の中に世界があるのだ。

続けて、シンガポールに冠される様々な表現を整理することでその国家像を確認してみよう。
とにかく形容詞多き国なのだ。

「頭脳国家」

赤道直下の資源なき小国が「奇跡の経済」と評される先進国として成立している何よりの所以は、知恵を武器に国際社会を生き抜いているということだろう。

例えば、外国為替取引高がロンドン、ニューヨーク、東京に次いで世界第4位である事実などは注目に値する。

「実験国家」

シンガポール政府は、経済政策はもちろんのこと、交通政策や住宅政策の分野や出生率に至るまで、積極的な介入により短期間に成果を出してきた。

コンパクトな国家ゆえに積極果敢な取り組みと検証を重ねながらの政策転換が可能なのである。

「ワイヤード・アイランド」

IT時代のどこまでも繋がれた島、とでも訳せばいいだろうか?

インターネット普及は時間的にも数的にも世界のトップクラスを誇り、内外ビジネスとカルチャーに大きな影響を与えている。

繋がるということでいえば、国土全域に向けてネットされたMRTと呼ばれる地下鉄の利便性と快適性も見落とせない。

「ファイン・カントリー」

シンガポールといえば、ゴミのない清潔な町並みが有名だが、その背景には厳しい罰則規定が存在する。

ポイ捨てや喫煙に対する罰金や強制労働のペナルティが細かく設定されていることから、「素敵な」と「罰金」の双方を意味する「fine」が皮肉と共に使われているわけだ。

「管理」や「統制」といった、大規模民主国家では不可能なトップダウンが小国では可能ということだろうか?

「ガーデン・シティ」
「緑の都市」

シンガポールのもうひとつの魅力は、産業開発と景観・自然保護が両立されている点にある。
乱立するビル群の周囲に計画的な植樹が行われ、市内中心部を流れるシンガポール川の浄化事業が成功したのも政府による環境対策への配慮の賜物であろう。

世界的に有名な自然親和型動物園がある北部の自然保護区もこの国の「環境」を語る上での重要な要素だ。

もちろん、これらのキーワードはディックの話と各種文献やネット上の情報によるものである。

旅とは訪れる地に与えられる各種の形容詞を検証する作業でもあるわけだから、今週末からの滞在の中で大いに観察してみることにする。

そして、僕なりのシンガポールに対する形容詞を幾つか見出そうとも考えている。

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旅と共にある人生を過ごしていると、様々な出会いや課題が不思議な巡り合わせの中に絡みあっていることに気付くことがある。

隣人ディックとの出会いが大きなきっかけとなった今回のシンガポール行であるが、その中で幾つかのプラスα活動が可能になりそうだ。

1番目は、前回に触れたラハイナ・ヌーンのトリビュート創作取材。
サマセット・モームゆかりのラッフルズ・ホテルを訪ねてみたい。

2番目は、ミスターGの「動物園トランスビジネス」。
世界で最も美しいと評されるシンガポール動物園は、絶滅危惧種の繁殖成功例を誇っている。
有名なナイト・サファリも興味深く、大きなヒントが掴めそうである。
(ミスターGの活動詳細は第100話を)

3番目はマレー文化の研究。
竹富島の友人、音楽家の奈津ちゃんが追求しているマラッカ王国と琉球王国の唄による交流の可能性を探る機会があるかもしれない。
(第7194話で紹介)

そして最後が、まもなく始まる日本のネイチャー雑誌の連載企画「大きくなり過ぎた島国」に向けたある種のウォーミングアップ。

自然と文明が密接に同居する特異な「島」モデルとしてのシンガポールを観察することが、日本という「島」を再見する上で何やら意味を持つような気がするからだ。

次回の『儚き島』はシンガポール発になる。

果たして、いかなる旅になるのだろうか?

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

意識して行動しているわけではないのに明日からシンガポール出張です。

今回の訪問が17回目。
この国に魅せられて随分と旅を重ねてきましたが、その出発点が20年前の今月。

ヴァーチャルなフィクションとリアルなノンフィクションを交錯させる文学作品を目指した『儚き島』の物語は、このあたりから、より「旅の現場」を充実させる創作活動になりました。

合計33回の渡航歴を誇るハワイに続く、第2のデスティネーションがシンガポールになるのですが、僕にとってハワイが「ヒトとしての第2の故郷」であるなら、シンガポールは「観光マーケターとしての第2の故郷」のようなものです。

この間、シンガポール旅行会社のアドバイザーを務めたり、アプリをプロデュースしたり、大学生向けスタディツアーを企画したり、真名哲也作のミステリー小説を執筆したり…と様々な創作活動を展開してきました。

20年で17回訪問ということは、ほぼ毎年の定点観測。

東西関係と南北関係がクロスするコンパスポイントとしてのシンガポールに関して真名哲也はいかなる洞察を行ったのか?
一読者として、ここからのストーリーを追う楽しみを感じながら、明日、同地へ旅立ちます。
/江藤誠晃

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