note83: チチカカ湖(2011.11.16)
【連載小説 83/100】
マチュピチュからクスコに戻った僕らはバスでプーノという町を経由し、ペルーとボリビアの国境を越えてチチカカ湖畔のコパカバーナに到着。
そこから双胴船に乗ってインカ帝国発祥の地「太陽の島」まで約1時間のクルーズ。
島ではインカ帝国ゆかりの地を観光した後、人類最古の船といわれる葦(トトラ)船に乗って島周辺を航行する体験に恵まれた。
ちなみにチチカカ湖は標高3810mの場所にあり、汽船などが航行可能な湖としては世界最高所らしい。
その後コパカバーナに戻ってチチカカ湖畔でのんびり2日間過ごした後、今日ボリビアの首都ラパスへ辿り着いた。
ここのところ、偉大な人物を視座に世界や歴史を再見する“ニューツーリズム”を念頭において旅しているが、チチカカ湖で葦船の観光船に乗ったことで、僕はまたひとりの人物を思い出した。
ノルウェーの人類学者にして探検家のトール・ヘイエルダールをご存知だろうか?
その名は知らなくても『コンチキ号漂流記』という冒険書なら聞いたことがある人は多いだろう。
『ガリバー旅行記』『十五少年漂流記』などと並んで児童文学では有名なノンフィクション作品である。
僕はハワイで創作活動をしていた時期にポリネシア人のルーツについて文化人類学的なレポートをまとめる機会があり、そこでコンチキ号の冒険のことを調査したことがある。
南太平洋の諸島に住むポリネシア人はどこからやってきたのか?という起源論には諸説があって、その中にインカ文明とポリネシア文明との相似点が多いことから「ポリネシア人の祖先はラテンアメリカから海を渡ってやってきた」という説があった。
そこで1947年にヘイエルダールはインカ時代の筏船を模したコンチキ号を造船し、6人の乗組員と共にペルーからイースター島を目指す航海に挑戦したのである。
※「コンチキ」はインカ帝国の太陽神ビラコチャの別名らしい
残念ながらその後の研究でポリネシア人のルーツは東南アジア島嶼部にあることが確実視され、彼が立証しようとした学説は崩れてしまったが、その浪漫あふれる冒険は今も高い評価を得ている。
そんなヘイエルダールは他にもいくつかの冒険航海に出かけているが、そこに登場するのがチチカカ湖で乗った葦船だ。
彼は1969年に「アステカ文明はエジプト文明と類似しており、古代エジプト陣が大西洋を渡ったのではないか」との仮説をたてて、双方の地で古代に使用されていた葦船でモロッコからカリブ海を目指す旅に出た。
「ラー号」と名付けられたヘイエルダールの葦船航海は5000kmで破損し失敗したが1年後の再挑戦で見事にカリブ海のバルバドス島まで到達した。
また彼は1977年にメソポタミアから中東、北東アフリカ、南アジアへ至る広域文化圏の交流を解明すべく、葦船「チグリス号」によるインド洋航海を成功させている。
葦船は数千年前の歴史も持ち、エジプト文明の壁画やラテンアメリカの神話にも登場するという。
わずかな時間ではあったがチチカカ湖の葦船体験は悠久の歴史を旅するクルーズだったような気がしている。
さて、今夜は次なるデスティネーションを決める「Dice Roll」デーである。
「1」から「3」の目ならブラジルのリオデジャネイロ、アルゼンチンのブエノスアイレス、チリのイースター島で南米大陸の旅が続き、「4」の目以上ならタヒチかニュージーランドでオセアニアを目指すことになる。
結果は次回「ウユニ塩湖」のレポートと共に報告しよう。
※この作品はネット小説として2011年11月16日にアップされたものです。