052.楽園レシピ
2003.2.11
【連載小説52/260】
旅の大きな魅力はその土地に根ざした「味」との出会い。
そして、目的地が南国の楽園となると、誰もが豊かな食材をベースとするオリジナルレシピの数々を期待する。
この島を訪れるツーリストも然り。
が、トランスアイランドでは、従来の「楽園グルメ」イメージとは全く異なる食文化を体験できることになっている。
実は、コミッティ会議の議論項目に「楽園レシピ」なるサブテーマがある。
単なる食事メニューの開発ではなく、「食」を核に島のコンセプトを具現化しうるカルチャーを育成しようという研究活動だ。
よって、そのドメインは…
●食文化そのものの定義。
●太平洋各地の「食」にまつわる実態調査。
●環境に配慮した循環型農漁業の模索。
●食材輸入の選定や物流のトータルコントロール。
●ツーリスト向け提供プログラム。
と多岐にわたる。
まずは島の食生活を振り返ってみよう。
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国家や民族の数だけ、その風土に応じた食文化が存在する。
で、南の島が楽園とされる所以は、手をかけずとも次々と入手可能な果実やイモ類、360度を囲んで無限ともいえる魚介類の存在、つまりは少労働にして供給過剰の贅沢環境だ。
おそらく、狩猟の成果がそのまま生存に直結する狩人の民や、手に入れた獲物を多人数かつ長期でシェアしなければならない極北の民からすれば、魔法の生活に映るのだろう。
が、楽園とて万能ではない。
食材によっては、微妙な季節変化の中に欠乏期を持つものもあるし、大きな嵐や津波が全てを根こそぎ奪い去る可能性もあるからだ。
そこで南国の民は、各種の保存術を生み出し、また、それが結果的に長い航海を可能としたことで、広い太平洋にその文化を拡散させてきた。
食材の需給バランスが生み出す文化的差異が、南洋の民独自の生活圏を生み出したのかもしれない。
そして、そこには大いなる力による循環システムが機能しているような気がする。
では、トランスアイランドを代表するあの食材についてまとめておこう。
ブレッドフルーツ。
「パンの実」とも呼ばれるこの食材が、ここまで島民の主食として浸透すると誰が予想しただろう?
コミッティが当初輸入品として優先確保したのが米やオートミールといった主食系食材だった。
慣れない島の食生活で最も求められるのがこれらだと推測しての判断だったが、現在島民の主食の90%以上がブレッドフルーツとタロイモでまかなわれている。
ミクロネシアやポリネシア圏においては、雨量が少なく土地の痩せた島では木になるブレッドフルーツ、水耕栽培の可能な地形を持つ島ではタロイモが主食となっている。
トランスアイランドでは、一部でタロイモ栽培も行われているが、島民の食卓にのるのは圧倒的にブレッドフルーツだ。
かつてヨーロッパ人がコッペパンの味に似ていると評したことに由来するブレッドフルーツは、椰子の実同様、高木になる木の実で、棒でつつくか自然落下したものを拾えば入手可能。
島の内陸部に密生し、実ひとつで大人2・3日分の糧となる。
調理もいたって簡単で、「焼く」「茹でる」「揚げる」のバリエーションがあり、ちょうど味の薄いサツマイモといった感じ。
これに魚介類料理と果物を組み合わせて島における日々の食事は完成する。
また、茹でたブレッドフルーツを潰して餅つきの要領で練り上げたのがパンモチで、こちらはデザートの元や保存食になる。
稲作農耕文化圏の日本から来た僕には、米をベースとする一素材多種展開に似た部分に親しみを感じるのだが、西欧圏からの島民はどう受け止めているのだろう?
自ら求めずとも得られる恵みの存在や素材の効率的活用は、西洋文明に対する一種のアンチテーゼとして充分にメッセージ性があると思うのだが…
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文明とは、人類の飽くなき「欲」の充足活動の成果の上に成り立つものだ。
名誉欲、領土欲、金欲、物欲、そして食欲。
既に多くを重ねてきたのだから、文明化や人類の各種欲求の是非を問うことはやめよう。問題は「有限」と「無限」の価値認識と「適正」充足のあり方だ。
「循環」が可能か否か?の問いかけと言い換えてもいいだろう。
過度の美食がもたらす肥満とそこから生まれる人工ダイエット食。
減少しない飢餓の一方で、産業的合理制の犠牲となって廃棄される食材の山。
バイオテクノロジーが可能とする食材の通年供給が奪った「旬」の価値観等々、文明化が「食」にもたらした負の部分は大きい。
ごく自然に身の回りに存在する食材を感謝と共に食す。
知恵とアイデアで若干の備蓄を可能とし、周囲と分け合う。
「食」を通じて「循環」を知り、その中に自らをも位置づける。
それが「楽園レシピ」の目指すところだ。
実は、そんな「楽園レシピ」をツーリストに提供する観光プログラムが始まっている。
次回はその具体的な中身を紹介しよう。
------ To be continued ------
※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。
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