043.楽園創造の数的バランス
2002.12.10
【連載小説43/260】
平洋上の島々の中で行こうと思いながら、行けなかった島がある。
ミッドウェイ島だ。
ハワイの西方2000km、ここトランスアイランドから北方1000kmにあるミッドウェイ島は、美しい環礁に加えてアジサシやアホウドリ、オオグンカンドリなど希少鳥類が棲息するサンクチュアリとして、また、絶滅危機に瀕しているハワイアンモックシールの繁殖地としても有名な島である。
僕がこの島を訪ねてみたかったのは、アメリカの国立自然保護区に制定されながらも、厳しいルールのもと、民間人の観光訪問が認められた希少なエコツーリズムの地だったからである。
その地に立てば、地球という共有財産の中における人間と他の生物たちとの数的バランスについて体感及び思想レベルで学ぶことができるだろうと期待していたのだ。
さて、僕は「行けなかった」とミッドウェイ訪問を完了形で記した。
実は、今年初頭、この島の運営と管理を手がけてきたカンパニーが撤退したことにより、島は閉鎖された無人島となり渡航不能の地になったのだ。
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「総量規制」
ミッドウェイ観光の魅力は、その数的バランスにあった。
アメリカ政府の魚類・野生生物局は、自然への負担を考慮し、常時100名の総量規制のもとミッドウェイ島の観光滞在を認めていた。
外様の訪問者である人間側に量的規制を加えることで環境バランスを保つ観光活動は、他に類を見ない優れたモデルであり注目していただけに残念であった。
(もっとも、鳥たちやモンクシールにしてみれば人類の撤退はそう残念なものでもなかったろう。ローインパクトながらも存在した侵入行動がなくなり、元の静かな島に戻っただけのことかもしれない)
自然豊かな南の島に人間がコミュニティをつくる際の適正規模とは?
この命題はトランスアイランドの楽園創造に直結するものであり、管理会社が経営的な限界でミッドウェイを離れたことにより無人島に戻ったという現実に我々は着目しなければならない。
どれだけ他の生命との共生が可能となり、そこに暮らす者が文明から離れて思想的に独立したとしても、この島が他の国家社会と経営的に繫がって存在する以上、撤退のシナリオは常に可能性とともに準備されているのだ。
トランスアイランドにおいても個の撤退が既に出始めている。
島の生活に馴染めなかった者、ハワイをはじめ他所とのダブルライフを目指して挫折した者、祖国に残した家族の問題等で止むを得ず帰国する者…、と10数人が島から去った。
もちろん、ミッドウェイと違って、この島は観光だけが目的の地ではなく、暮らす者がそこに存在する訳だから、ミクロの撤退が即、島の無人化に繋がるものではない。
が、島が今後どう成長していくかのシナリオ次第で、参入より撤退のペースが上回るようにでもなれば200名程度のコミュニティなど脆くも滅びてしまうはずだ。
加えて、今この島を支えているのがトランス・コミッティの背後にある投資家たちの夢と大きな資本力という、ある意味至って経営的な要素であることを忘れてはいけない。
つまり、これ自体が不変・不動のものではなく、外部環境や人的変遷の中においてはマクロの撤退さえありうるということだ。
(コミッティの名誉のために追記しておくと、トランスアイランドは、それ故に長期的に存続可能な循環型小社会の実現を様々なかたちで実験&検証しているのだ。つまり、単なる地域的独立の獲得に留まらず、人類が築き上げた既成の文明的・経営的スキームからの独立という強い意志とロマンがそこにはある。)
「総量適正」
トランスアイランドにおける楽園創造の数的バランスに必要なのは、ミッドウェイの「総量規制」に対して「総量適正」という概念であろう。
つまり、人類が何事かを規制するのではなく、大きな循環の中に適正規模を委ねるという根本姿勢のことだ。
食物連鎖システムや熱帯雨林における多層的生命配置に代表される自然界が長きにわたって作り上げてきたバランスのごとく、じっくり時間をかけて適正規模を模索すればいい。
そして、それでもなお、「撤退止む無し」という時が来るなら、それは循環する歴史の中における「自然淘汰」というシナリオの中に、この島があったということなのだろう。
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当初、トランスアイランドには、その生態系を脅かさずに数千人が定住可能との推論が各種研究から立てられていた。
が、この推論自体が反省すべきものだったとの意見が最近のコミッティ会議で主流となっている。
「適正」を住む者の側から規定するのではなく、暮らす自然環境との対話の中に見出していこうという姿勢に転換している。
幸い、現在のところ200名強の島民の生活満足度は高く、日々来島するツーリストは数的、質的ともに安定し島に大きなトラブルはない。
大海に浮かぶ小船のごときでありながらも、トランスアイランドはバランスのとれたコミュニティだ。
きっと、この穏やかな日々の延長線上に楽園は可能。
と、僕は楽観している。
------ To be continued ------
※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。
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