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平均勾配10% 最大勾配22% 日本屈指の激坂で起こった事故

ロードバイクで平地を30kmphで走り続ける筋肉と自転車旅の筋肉は全く違う。世界中を自転車で旅したければ様々なシチュエーションに適応する筋肉を作らないといけないので70kgくらいの自転車に慣れたりヒルクライムの練習をする方が余程いい。

特にヒルクライムは大変重要でそれ専用のトレーニングをしないと坂道を上る能力は向上しない。同じ「走る」でも100m走とマラソンの筋肉がまるで違うのと同じだ。
 
私は自転車旅の舞台が外国に移って以降、日本の難所と言われる坂道を自転車で上るトレーニングを続けた。箱根山、いろは坂、大垂水峠(東京-神奈川県境)、奥多摩湖周辺の山中、大弛峠(山梨-長野県境)... 厳しい坂道だと聞けばどこでも走ったが、中でも一番ヒルクライムトレーニングに行ったのが富士山だ。

富士山五合目までは自転車でいけるので五合目3ルートを全て走り時にそれらを一日で走破するリレーもしていた。簡単なのはスバルラインとスカイラインだ。どのルートも標高2300m辺りまで上っていくがそれぞれ傾斜が違い脚に自信がある人であればこの2ルートは時間をかければ上れるだろう。

しかし日頃トレーニングをしていない人はまず上れないのがあざみラインだ。平均勾配10%、最大勾配22%という日本屈指の上り坂!
 
そう、先日観光バスが事故を起こしたのがこのあざみラインなのだ。
 
バスは下りで事故を起こしているがそれは山の事故においては一般的な事で、登山や自転車での山道走行でも下りに事故が起こる事が多い。上りはどれだけがんばっても出せるスピードには限りがあるので事故も起こりにくいが下りは勝手に出てしまうそのスピードを抑制するのに必死になる。

自転車の場合はブレーキを握り続けていないといけないので腕の筋肉を酷使する事になり、あざみラインほどの傾斜になればご褒美の様な楽しい下りではなく上りにはない緊張感との闘いとなる。

もしブレーキワイヤーが切れたら?切れたのが後輪のブレーキだった場合、前輪のブレーキのみで急な下り坂に挑むのがどれだけ危険な事か。急ブレーキを踏めば後輪が浮いて一回転し落車する事は間違いない。そしてそのワイヤーが切れたら... 想像しただけでも恐ろしい。
 
平均勾配10%、最大勾配22%とはそういう世界で私は観光バスの事故があったと聞いても何ら不思議に思わない。勿論バスが通れるように舗装はされているし安全に運行してきたバス会社がほとんどだろうが実際にその坂道を何度も経験してきた我々は「何故テレビの司会者やコメンテーターは“何故こんな事故が起こってしまったのか...”というスタンスなのか?」と疑問に思っている。

中には『私も箱根の山を車で走った事がありますが...』なんて比較にもならない坂の話をしているコメンテーターもいる。トライアスロンで起こった事故に対して『私もよく近所をジョギングするんですが...』とコメントしているようなものだ。テレビはこの場所が日本屈指の激坂だという事を理解していないのか?
 
過失運転傷害(後に過失運転致死に切り替え)で逮捕された運転手は『ブレーキがきかなかった』とフェード現象を疑う内容を証言しており苦肉の策としてサイドブレーキも使用している。不測の事態に必死で対処しようとした事が窺い知れる。

多くの人が死傷しているので誰かを逮捕しないといけないのは分かるが私は運転手だけの責任ではないと信じている。『あざみラインを走ってみたいです!僕にやらせて下さい!』なんて立候補したとは考えにくいし普通に考えれば“業務”として行ったのだろう。彼だけが罪に問われるのは平等ではない。
 
知床遊覧船事故の時にも思ったが絶景を見るために人間が厳しい自然に近付いていっているのだからそこに慢心があれば死に直結する。運転手やバス会社の職員、このツアーを企画した旅行会社の職員がどれだけあざみラインについて知っていたか聞いてみたい。もしどんなところかも知らずに想像だけでツアーを制作していたのであれば少なくとも関係者はこの運転手をとやかく言う事はできない。

旅や旅行は結構だが自然を甘く見て良い事は何もない。ずっとずっと自然は啓示を与え続けているが人間はそれを受け取ろうとしない。
 
亡くなられた方に謹んでお悔やみ申し上げます。
 
 



◾️ネットラヂオ『旅の鳴る木』

自転車旅では自然の恐ろしさを知る機会が多かった。特にアラスカの原野やウズベキスタンの砂漠を走っている時などは。自然という美しいものに近付くのは日常生活にはないタイプのリスクに近付くのと同じ。

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