がんは明後日の方向からやって来る
主治医となる先生との初対面
マンモグラフィ検査と超音波検査を終えた私は、外科の外来へと向かいました。検査を終えてホッとしていた私は、診察室の前で本を読みながら待っていました。
この時は、きっとしこりは特に何でもないんだろうと気軽に考えていました。
私の診察前には、1人女性の患者さんがいました。何度も通院している患者さんだったのでしょうか、和やかな雰囲気の診察室から明るい雰囲気の女性が出てきました。
その後、診察室が静かになり、なにか準備をしている様子です。前の患者さんの診察後の作業でもしているのかなって思いながら、私は名前を呼ばれるの待ちます。
ほどなくして、男性の先生がドアを開け、私の名前を呼んで診察へと促してくれました。先生から椅子に座るよう促され、席に着きました。
はじめて担当の先生に会うというのは、何度経験しても緊張するものです。先生が、診察のドアを開け、座るように促してくれたことで、その緊張も少しは緩みました。
アイスブレイクトークからはじまる診察室の雰囲気
はじめてましての挨拶からはじまり、レディースクリニックから婦人科系の病気の疑いで現在の病院にかかったことの確認。現在、罹っている病気についての確認。さらに、私の現在の体調について軽く質問がありました。
親しみやすい口調でお話ししてくれたので、先生へ対する緊張感はこの段階でかなりなくりました。気難しそうな先生ではなくて、良かったと一安心。
少し気になったのは、先生の側にいる看護師さんです。とても誠実なそうな看護師さんなのですが、どこか緊張感を感じるのです。とても真面目そうな看護師さんなので、プロ意識が高いのかもしれません。
というよりも、診察室全体に何とも言い難い微妙な空気が流れている気がするのです。こういう雰囲気の病院なんだろうか。それとも、検査結果に問題があったのだろうか。
私の経験上、このような診察室の雰囲気の時に、よい検査結果を聞いたことがありません。私の勘がはずれますように。
乳腺に石灰化?
電子カルテを眺めながら、ゆっくりとしたペースで私の既往歴や体調を確認した先生が、何か決心したかのように、検査結果についての説明に入りました。
診察室に入って、私が先生や看護師さんが、どんな方々なのだろうかと探っていたように、きっと、先生も私の性格などを探っていたのでしょう。
先生は診察のプロです。一瞬で、私の性格や気質などは見抜いたに違いがありません。
しこりは問題なし
診察室のデスクには、私のマンモグラフィ検査の画像と超音波検査の画像がふたつ並んでいました。
先生 「しこりは問題なかったですよ。のう胞と呼ばれるものです。」と説明してくださいました。
私 「良かったです。」と応えるや否や
先生は、超音波の画像を指し
「しこりは問題なかったんだけどね…ここにね。石灰化している部分があるんだよね。」
私 「は~。」
この時点では、私は石灰化が何を意味するのかまったく理解していません。
先生の歯切れがおかしい
次にマンモグラフィの画像をみながら
先生 「ここに点々っと白いものがあるでしょ?」と画像の白い部分を指しながら説明。
私 「はい。点々としたもの見えます。」
先生 「超音波の画像と一致するんだよね」
私 「そうなんですか。」
う~ん、先生の説明が何とも歯切れが悪い。石灰化が何なのか早く教えてよ。というのが、この段階での私の気持ちでした。石灰化がなんなのよ。どうせ、年齢のせいだったりするんでしょ。なんて気持ちで、先生の説明を聞いていました。
すると先生、看護師さんに「ちょっと紙ちょうだい。」と…。
画像データが示すものは
先生 「僕たちが石灰化を見て、良性か悪性かを判断するときはね…こんな風にして判断しているですよ。」と紙に表を書き、さらに画を描きながら石灰化について説明。
私 「はい、はい」と頷きながら聞くばかりです。
そして、良性と悪性の区別の仕方を説明するのはなぜ。悪性の可能性があるということなの。という単純な疑問が頭に浮かんできます。
すると
先生 「もう一度、マンモグラフィの画像を見てもらっていい?」と画像を再度確認することを促します。
もちろん、見ます。
先生 「乳腺症だったりすると点々が乳房全体になることが多いんです。でもね、ここ。点々が、一か所に集まっているでしょ?」
私 「言われてみると、そうですね。」と答えます。
先生の説明を受けた後、画像を見ると、なんだかまずい状況であることが私にもわかります。
先生 「超音波の画像も見て。ほら、ここ。ミルフィーユみたいに白くなっているんでしょ。」
私 「ミルフィーユ、確かに、はい。」
先生 「乳房についてちょっと説明するね。」
石灰化の説明をした時の紙を、先生がペラっとひっくり返すと、その紙には”乳房のしくみとがんのはっせい”というタイトルがかかれています。
がん?今から説明するのは乳房についての説明じゃないの?
紙の一番上には、私の名前とカルテ番号がしっかりと印字されています。先生の見立てでは、”乳がん”が射程範囲のようです。
乳がんの種類は大きくわけて2つ
乳房の仕組みの説明のあと、乳がんは、大きく分けて2つの種類があると先生から教わります。
乳管からまだはみ出していない非浸潤性乳管がんというものと、乳管を破って外に出てしまった浸潤がんというものがあると説明を受けます。
非浸潤性乳管がんは、しこりを作らないタイプのがん。乳がんは全てここから始まるのだということも教わりました。だから、超早期のがんだということも。
先生、上手に布石をおいて、私自らが薄々と乳がんだと気づけるようにしてくれているようです。でも、この段階では、先生は乳がんだとは言っていません。なので、私は心に不安が立ち込め始めてはいるものの、若干の余裕がありました。
晴天の霹靂とは今日のこと
乳房の仕組みと乳がんについての説明を一通り終え、私に「ここまでの説明でわからないことある?大丈夫?」っと先生。とりあえず、「はい」と答える私。
今まで以上に先生は言葉を選びながら、「2つの画像を見ると、がんっぽいんだよね。非浸潤性乳管がん」と柔らかい口調で話します。
私「…」
ついに、私の病状に対して「がん」という言葉を口にしました。
緊張でアドレナリンが爆上がりです。ドキドキを抑えるために、私は唇を思わずキュッと噛みしめました。
先生「がんだとしても、早期だから。それも超早期。」
私「…」
事実上のがん告知をされている?!
超早期といわれても、がんの可能性がある。私は、先生が説明しくれたことを思い出しながら、画像をもう一度、自ら見ました。
先生は黙って見守ってくれている様子でした。先生の後ろにいたはずの看護師は、いつの間にか私の側に立っていてくれてます。看護師さんもまた静かに私を見守ってくれていた気がします。
数十秒後、湧き上がってくる感情を抑えるため軽く深呼吸をし、先生の方を向きました。
私 「先生のご経験上…」と尋ねました。
マスク越しの私の声が小さかったのか、声が震えていたのか
先生 「僕の経験上?」と聞き返します。
私 「はい。先生のご経験上、この2つの画像からどのように判断しますか。」と今度はハッキリとした口調でお聞きしました。
少し間をおいて
先生 「経験上、がんだと思います。」
再度、私は画像を見ました。私は、物事が曖昧な状態より、ハッキリとさせたい性分です。だからこそ、先生に経験上の見解を仰ぎました。
「がん」という単語はインパクトがあります。動揺します。涙がこぼれそうになるのをグッとこらえました。
この時、マスクをしていて良かったなぁと思います。顔にきっと出ていたであろう感情が少し、隠せた気がしたからです。
これ以上、心が激しく動揺しないように、客観的に画像をみて現状を受け入れるよう努めました。
すると、私の性分を見抜いているであろう先生は矢継ぎ早に
先生 「がんの可能性が高い。高確率でがん。がんが濃厚。」
まるでがんの三段活用です。そんなに、がん・がんっと矢継ぎ早に言わなくてもいいのに。最後の止めを刺された気分です。
しかし、この矢継ぎ早の告知が、私の気持ちが奈落の底に落ちる前のセーフティネットとして機能してくれたのです。先生の経験上、私のような性格の人間には、この方が良いと判断したからのでしょうか。そうだとしたら、その読みは正解だったようです。
私 「じゃ、わたし、がんですね。」
退路は閉ざされてる
動揺はあるもののあっさりと、がんを受け入れました。というより、受け入れざるを得なかったです。
なぜなら、先生が、乳腺専門の外科医であることを事前に調べて分かっていたからです。あんなに苦労して探していた乳腺専門の先生が、意外とすぐ近くにいたのです。外科医の先生でも専門が違っていたら、私も受け入れがたかったもしれません。
しかし、何百例、もしかしたら何千例という乳腺の病気の治療をし、研究し、キャリアを積んできた先生です。その先生が、がんという見解を示しているなら、きっとそうでしょう。
素人の私が、泣こうが喚こうが、落ち込もうが画像データはがんを示し、それを専門医の先生が分析して、がんと判断しているのです。残念ながら、私に否定する余地ありませんでした。
体調も悪くない。むしろ婦人科系の症状が治まって健康的に日々を暮らしていました。だから、がんという病に侵されているだなんて夢にも思っていませんでした。
がんは密かに、私の身体の中で成長していたのです。だから怖い。平穏無事に日常を送っているときこそ、実は、警戒する病なのかもしれません。
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