Balisick_超私的バリ島ガイドBOOK① 出会いは26年前。バリと私をつなぐもの。
12年ぶり9度目の渡バリで、バリへの熱病(バリシック Balisick)が再発。
帰国してからもバリのことばかり考えている。
大好きなバリ島のことをまわりの人たちに話してみると、思いのほかバリのことをよくご存知ないかたが多いことに気づきました。
地上の楽園として世界中の人々に愛され続けているバリ島のこと、もっと多くの人に知ってほしい!
せっかくなので、私なりのバリ島案内を書いていこうと思います。
愛しのガルーダインドネシア航空。最後にバリに行った2011年は、たしかタイ国際航空でバンコク経由だったから、そうとう久しぶり。
2024年2月26日。12年ぶり、9度目のバリ島旅行へ出発。
バリへの直行便は、いまはガルーダのみ。私がバリに初めて行った1998年は、ちょうどJALが直行便を飛ばし始めた頃で、そのTVCMの曲が、大好きだったバンドTHE BOOMの「berangkat-ブランカ-」(berangkatとは、インドネシア語で出発、旅立ちの意)だった。
ボーカルでほぼすべての楽曲の作詞作曲を手がけていた宮沢和史さんが、アジアの国々を旅するなかで出会ったバリの伝統楽器ガムランと、同じくバリの民族舞踊であるケチャを取りいれながら、日本のPOPSに見事に昇華させた名曲のひとつ。つまり、私がバリに興味を持ったのは、THE BOOMと宮沢さんの影響ということ。
当時ファンクラブの機関誌に、月刊紙とは別の「エセコミ」という、毎回ワンテーマのものすごい内容の季刊誌があり、そこでバリ特集として、バリの宗教や文化、生活から、ロスメン(バリの安宿、ゲストハウス。家族経営の宿)の泊まり方まで紹介されていた。
インドネシアの島々のなかで唯一、異なる宗教文化を持つバリ島。神への祈りとともにある生活や精霊の宿る熱帯雨林のジャングル、独自に進化した芸能・芸術、さらにはこの島の魅惑的な精神世界に惹かれ、26年前、26歳のときに初めてバリの地を踏んだ。そして一度、足を踏み入れたが最後、取り憑かれたように、その後、何度も足を運ぶことになった。
タイ(バンコク/チェンマイ)、ベトナム(ホーチミン/ハノイ)、ラオス、中国(北京/上海)、香港、マカオ、台北、ソウル、ハワイ(オアフ島)、サイパン。他の国だって旅をしている。しかしなぜ、こんなにもバリが好きなのか。もちろん理由はたくさんある。だけど言葉で説明できるもの以上のなにかが私とこの島のあいだに存在し、結びつけられているような気がしてならない。
ちなみに「エセコミ」は、音楽バンドのファンクラブ会報誌とは思えないほど充実していて、毎回アカデミック&社会派な内容で、まちがいなく私をつくる礎になったと思う。いまでも大切に保管してあるので、近々、もう一度引っ張りだして読んでみたいところ。(先々、この連載でも紹介しようかな。)
私がバリに行き始めた頃のガルーダインドネシア航空の機体は、リクライニングが壊れていたり、着陸の衝撃で頭上の荷物棚の扉がバッタンバッタンとあちこちで開いてしまうこともあった。まさかいまだに同じ状況なんてことはないよね、と興味津々で機内に乗り込んだ。
と、ここまで書いたところで、12年ぶりどころか、13年ぶりの渡バリだったことに気づく。
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JALのCM、なつかしくて涙が出る。"この島は、心に触れてくる。"っていうキャッチコピーも素晴らしい。バリのこと、ちゃんとわかってるなあ。