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おてつたび先にまた行きたくなる理由【旅バイト7か所目:氷ノ山】

最後の日っていうのが苦手だ。
旅しながらアルバイトすると、必ず近くに別れがやってくる。
普通のアルバイトと違うのは、最後の日は同時に、その地を離れることも意味する。


鳥取県にある氷ノ山わかさスキー場でのアルバイトでもその日がやってきた。
スーツケースと格闘を繰り広げていた。
あとは気合いで閉めるだけとなったことに大変満足していると、おてつたび仲間が声をかけてきた。
「明日で(私と)お別れだって思えないね」

私が滞在期間を延長し、高原の宿氷太くんに居座ったため、次の期間に来たおてつたびの人たちと数日を共にしていた。

明日でお別れか。
2週間も滞在すると、そこでの生活が"日常”になるようだ。
明日もこの日常が続いていくのでは……? なんてことをぼんやりと考えてる私こそ、明日でここを去る実感ができていない。

さっき食べた夕食を思い出しながら、仕事場に持って行っているバッグからみかんを取り出した。


「おお!」
いつもとちょっと違う夕食に、声を上げる”おてつびと”たち。
お疲れさまの乾杯をどうぞとばかりのドリンクがあった。
それを見た仲間の一人が、ワインとおつまみも持ってきてくれて。
明日帰る私以外みんな明日も仕事だというのに、ほろ酔いになった。


部屋に戻り、さっき飲んだ分の水分補給と思ったときにふと、みかんの存在を思い出したのだ。
「それ、みかん?」
黄色くて丸い柑橘を全部みかんだと表現している私。
確かに、実家に帰ったときによく見る、ダンボールに入っているみかんより大きさが二回りは大きい。
色もダイダイというよりも、薄い黄色。
何となくだけど、ダイダイ色だと甘そうに見えるのは、私の思い込みだろうか?


「甘いか酸っぱいか、よう分からんもんは食べん」
今の私の気持ちを代弁したかのような言葉が、頭の中に降ってきた。
今日最後の仕事場で一緒だった、ベテラン先輩2人のうち、ひとりが言ってた言葉。

さてさて。
甘いだろうか酸っぱいだろうか。
昼間に最後の仕事をしたリフト乗り場で、みかんをくれた人のことを思い浮かべていた。


ソレは、リフト小屋で休憩中に窓の外を見ていたら、目の前にポンと置かれた。

これは、私に??
もう一人の先輩に……って、みかん好きじゃないからやっぱり私が食べていいのかな。

無言で操縦席に戻る先輩の方を見る。
「持って帰りなさい」
私と同じく寡黙な先輩は必要なことだけを伝える。

「食べ方知ってるか?」
みかんだから皮むくんだよね?
「こうやって……」皮をむくジェスチャーをした私に
「中の皮もむいて」と言った。


「あの人、みかんが大好きなんだよ」
他の人から聞いた事前情報がなければ。
それはきっと私にとって、ただのみかんだった。
いや、目の前のみかんもただのみかん、なんだけどさ。

大好きなものをくれた。
最後の日に。

積雪1センチで大慌てする地方から来た自分が、大いに役に立てたかと言えば……ベテランさんに敵わない部分の方が大きかったのだけど。


「どうだった?」
仕事が終わると、「甘いか酸っぱいか……」と言っていた先輩に声をかけられた。

やっぱり人と接する仕事は楽しかったし、やるはずがなかったスキーもやってみたら楽しめた。
しかし口ベタな私の口からとっさに出てきたのは
「楽しかったです」
の言葉だけだった。

どこが? とは聞かれなかった。
「楽しくないと、面白くないからな」
楽しかったなら良かった。
うんうんそうかという表情で言った言葉は、今日で最後の私へのはなむけの言葉みたいだった。

その人は8年ほどここで仕事をしていると言っていた。
前にも「楽しくないとここには来ない」と言っていたのを思い出した。
そのとき、私も何が? とは聞かなかったけれど。

誰に指示されるというわけでもなく、滑りに来る人が安全にリフトに乗りやすいように整える。
雪が降ればかき、暖かい日は溶けた分を整え。
一人ひとり安全に乗せていく。
淡々と繰り返す仕事。
だけど、”楽しい”の言葉が飾りもないそのままなのだというのは、この2週間ちょっと見ていた背中から伝わった。

楽しく仕事をする人たちがいる、良い場所だなと改めて思う。
楽しさを自分で見いだせる人がいる場所だから、おてつたびのサイトでの評判もとてもいいのだと思う。


いまだ明日帰る実感がないけれど、荷物の重さを減らしたくて「持って帰りなさい」と言われていたみかんに爪を立てていると。
「やっぱりやってみないと分からないよね」
私の横でおてつたび仲間が言った。
3人部屋のもう一人も「人に接する仕事は楽しい」と言いながらうんうんとうなづいていた。
「やってみる前は、寒い中リフト乗場のところで立ってるのも大変そうだと思ってたけどね」

行ったことがない地を旅しながら好きな場所が増える
それがおてつたびだと思っていたけど、魅力はそれだけじゃないのだ。


おてつたび最後の日、たくさんのモノをもらったなと思いながらみかんの薄皮をむいて口に入れる。

……みかん大好きのウワサは本物だった。

また帰ってきたいと思える、大好きな場所がまたひとつ増えたことを改めて感じたのだった。

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