見出し画像

気まずいと聞いてしまった場所での、私なりの過ごし方【旅バイト7か所目:氷ノ山】

ザクザク雪を踏みつつ出勤場所に向かう。
「いやー、緊張する」
私よりも10日ほど前からここで旅バイトを始めた、おてつたび仲間につぶやいた。

しっかり着込んできたはずなのに寒く感じるのは、緊張のせいなのか、それとも冬のスキー場にいるせいなのか。

わかさ氷ノ山スキー場に数機あるリフト乗り場が、これから2週間の仕事場だ。
今日出勤するのは、初めて仕事をする乗り場。
おてつたび仲間から、
「あまり会話もなくて、雪かきなんかもベテランさんのやり方があるみたいで、ちょっと気まずい」
と聞いていた。

その人も私も出身が雪国とは無縁で、雪かきはやったことがない。

経験値が違いすぎて足手まといになるのだろうか?

”みんなと仲良くしましょう”

みたいな言葉を小学校で教わったような気がするけど、実際には難しいことを経験してきた。
無理して仲良くとかも嫌だけど、よく分からない気まずい空気で仕事し続けるのも嫌だなぁ。

ま、人から聞いた話だし。
実際に自分で見てそれからかな。
いや、でも私より10日も前から来ている人にそう言われると……緊張するなぁ。
ぐるぐる考えているうちに自分でもワケがわからなくなり、えい! とばかりにリフト操縦小屋の扉を開けた。

すでに先輩のアルバイトさん2人は来ていた。
私よりも年上の、父の年代くらいかな。

「今日からお世話になります! よろしくお願いします!」
名前とともに挨拶した。
操縦席に座っていた方は、何かの書類に目を向けながら
「うん」
とかえってきた。

なるほど。

外は雪が降っていて、もう一人はリフトに乗る道の雪かきを始めた。
挨拶をすると、同じような反応が返ってきた。

なるほど。
話のとおりちょっと気まづい……か?

名前、覚えてもらえるかな。
そんな不安も頭の中を通りすぎていく。

自分も手伝おうと荷物を置いて外に出ようとすると、
「いいよ。中で待ってて」

小屋は暖かいからありがたい。
ありがたいけど……なるほど。
言葉にトゲというか嫌味な感じは全然ないのを感じたのが、せめてもの幸いだった。

けど気まずさが芽生えていた。
まだリフトが動き始めていないとはいえ、先輩に仕事をさせ、自分が手持ち無沙汰ってことが。

まだ始業前、何度「なるほど」と思ってしまったか……。
自分の目で見てと思ってたけど、聞いた通りの展開になるのか?
なんて考えているうちにリフトは動き始めた。



「沈黙の時間も気まずい」

とも、おてつたび仲間から聞いていた。
外では乗車人数を数える人とリフトに乗せる人、
操縦室の中では安全確認する人と休憩する人が30分ごとにローテーションする。

広いとは言えない操縦室の中で、先輩と二人になると沈黙が訪れた。
まだちょっと緊張もあり、なんとなく自分から会話を出しにくい。

初めまして同士、一緒にお仕事するなかで、会話というかコミュニケーションって大事だなと思う。
とはいえ私も、あまり自分から話すタイプではない。
口数が少ないのはお互い様なのだ。

だから、会話がないなら、行動を見るしかないと、先輩たちの行動を観察しはじめた。
小屋の外のリフトの前にいる先輩と、操縦席に座る先輩を眺める。

スキー場は、雪が降れば降るほどお客さまが増えるらしく、今がかきいれの時期。
そんなピーク時期にやってきた、短期のド新人に教えながら仕事をするのは大変なのかも?

リフトの椅子にうっすら積もった雪を、お客さまが乗る直前、先輩が箒で払い落とす音だけが響いていた。
シャツ……シャツ……。

そうしてるうちに、
「5分前に交代ね」
操縦席から聞こえ、いそいそと手袋と帽子を手にした。
あ、必要なことはちゃんと言ってくれる。
まぁ当たり前なのだけど。
でも、当たり前と思ってしまうと、その先の気づきも感謝も学びも、何もなくなってしまうと思った。

先輩たちと交わした言葉はまだほんと最小限だけれど、やっぱり言葉にトゲみたいなのは感じられない。
新人に(役に立たないから)興味がないみたいな感じでもなさそう。

誰それかまわず、積極的に話す方じゃないだけ。
私と似たタイプだった。


誰しも、興味を持ってもらいたいという気持ちが多少なりとある。
会話が少ないと、興味を持ってもらってないのでは? と変に気を回してしまう。
特に新人の立場だと、気づいて仕事するにも限界がある。
役に立てないと思ってしまうと、とてもいたたまれない。


でも、この場所はそういう嫌な感じの場所じゃない。
そう思って、よく分からない気まずさを勝手に感じるのはやめにした。


リフト乗り場に出た私は先輩と交代した。
交代した先輩は、お客さまが途切れたタイミングで柄が長いスコップを手にとった。
しんしんと、確実に積もっていく雪をかき始める。

よし。
小屋のわきに刺さったスコップを抜いた。
朝イチは「しなくていいよ」と言われたけど、先輩が道のすみに寄せた雪の山にスコップを入れる。
思ったよりも全然すくえないまま、わきに放り投げた。

「やったことないんか」
顔を上げると、私の様子を見ていた先輩と目が合う。

「そうなんです、熊本は雪かきいらなかったんで……」
「そうか、熊本か」
言いながら私が投げようとしていた残りの雪を放って見せた。
こうすくうんだよと背中で語っていた。

雪が積もった道を、見真似でかきはじめたら、
「ここまで、こうやって掘るんだ」
手本を見せてくれた。

背中で、やって見せて教えてくれる先輩を真似てみた。

「雪かきも、こだわりがあるみたい(やらせてくれない雰囲気)」
とおてつたび仲間から聞いてた。

けど先輩たちの様子をよく見ていると、あ、それたぶん違うなと気づいた。
雪かきに「手を出すな」ではなく、「こうやるんだ」と手直しながら教えてくれていた。

お客さまをリフトに乗せる時も、何気なくフォローしてくれた。
もっとこうしないととは言わない代わりに、こうやるといいよやって見せてくれた。
そういう方たちだった。

背中を見ながら仕事に慣れるうち、自然と会話も増えていた。

”みんなと仲良くしましょう”

会話が弾むと仲良くなるペースは早い。
でも、みんなと同じペースで仲良くなれるとは限らない。
人には人のペースがある。



会話があまりないと最初に聞いていて、不安になっていたのはどこへやらだった。


10日ほど経ったころ、操縦席に座っていた私は、ふと横の壁を見た。
A4用紙が貼り付けてある。

これまでもあったのだろうけど、目に留まっていなかった。
リフト乗り場で働く人の名前が一覧になっていた。

そこに、自分たち短期のアルバイトの名前が書き加えてあった。
几帳面な手書きの字が、無口な先輩の代わりに教えてくれてるみたいだった。
ほら、やっぱり最初から、先輩たちはちゃんと見てくれているから、変な気遣いなんてしなくて大丈夫と。

旅バイト初日の職場が気まずかった私へ、壁に答えは書いてあるよと言いたい。

いいなと思ったら応援しよう!