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おひとり様・一人旅が好きな私が、誰かと一緒もいいなと思った日【旅バイト4か所目:礼文華】

それは突然だった。

「チャンスは今日しかない」
確かに言い切った。
彼を思わず見やる。
騒然とする車内。

今日……っていうかそれ、今よね?
もっと出発前に言うとかさ……イキナリすぎない?
そんな言葉が頭に浮かぶ一瞬も、車は走り続けている。

さすが北海道。
車のフロントガラスの先に見えるのは、周りに何もない一本道。
そんなところで突如、車を降りようと決意した彼。
その空気に呑まれて、私も降りた方がいいのかな? なんて思い始めていた。


「おてつたび」を通してホタテ養殖のアルバイトをしにやってきた北海道で、同じ時期に来た仲間3人と一軒家でシェアハウスしていた。

今日から新たにやってくる一人のお迎えの車に、みんなで乗っていた道中で予期せぬ「降りる」発言。
ゲームの突発イベントが発生したみたいな展開だった。

バイト先はスーパーに行きたいと思っても、車で片道数十分かかる場所。
最寄りの礼文駅(礼文島ではない)に電車は通っているけれど、利用者が少なく減便され続けていて、早朝の便を逃すと14時台にしか来ない場所。

お迎えという理由で車で移動できるからと、調味料買いたさに乗せてもらっていただけだったのに。


彼は、何もない一本道の途中で車を降り、礼文駅の隣駅に行こうとしていた。

礼文駅の隣に秘境駅と名高い小幌駅がある。
「晴れた日に行ってみたいね」
ホタテ漁のアルバイトは、お昼前には終わるから。
なんて、もう一人のバイト仲間の女子とそんな会話をしたのを思い出していた。

減便されているとはいえ、隣駅の小幌駅へ行くだけなら車内は騒然としていない。

彼は、秘境駅から歩いて行けるという岩屋観音を見てみたいのだそう。
電車だと、帰りの電車に間に合わなそうな距離にあるため、諦めていたらしい。

それが今、車が小幌駅の上の道を走っていることに気付き、車道から歩いて駅までの道があるのではと考えた。
戻ってくるための電車の時間を考え、今ここで降りたら間に合うのでは、と。
「チャンスは今日しかない」
そう結論に至っていた。

これから味噌を買い、夜ご飯を作ることで頭がいっぱいだった私。
急に耳に入ってきたチャンスとか今日だけとかの言葉に、セールと聞いて飛びつく主婦のような気持ちがわいてきた。

スマホの地図を開く。
確かに小幌駅の上あたりを車が走っている。
だがしかし。
道と路線がかなり離れている上に、2つを繋ぐ道が……どこにもなくないか!?

不安げに彼の顔を見る。
「本当に降りるの?」
清々しいほどに「うん」と返ってきた彼は、財宝までの道筋でも見えているかのようだ。
私には見えないその先に、何があるんだろう。
興味がわいた。

「前に行った人たちは、結構装備とかしっかりしてたよ?」
急展開し始めた私たちに、運転する受け入れの方がちょっと心配そうに言ってくれた。
でも、私も女の子も「これでバイト中に行きたかったところが制覇できる」とワクワクしている彼の気持ちにあてられていた。

「ここから駅に歩いて行けるか分からないよ」
地元の人は移動は車を使うから、歩いて行くようなことはしないのだ。

しかし、私たちの心を後押しするかのように、小幌駅の真上あたりで車を寄せられる場所が現れた。

「困ったら連絡して」
言い残し、受け入れの方はお迎えのため車を再び走らせた。

「立ち入り禁止」の看板の先に脇道が続いている。
まじか。

「熊に注意」の看板が立ちはだかる。
まじか。

3人だったら襲われないなんて保証どこにもないんだけれど、これだけは言える。
一人だったら半泣きだった。

岩屋観音までへの道は、難易度高めのイベントじゃなかろうか。

そして、山道であることをうっかり忘れていた。
山道は往々にして直線にはなっていない。
まっすぐ進んでいるつもりだったのに、スマホを開くととんでもなくクネクネさせられている。

電車に乗るため、リミットは80分。
時間と、どこかにいるかもしれない熊との戦いだった。

沢が流れる急な道をひたすら下る。
倒木をまたぎながら「ちゃんと装備して行ってた」という話を思い出した。

山道を上って汗だくならまだしも、先日初冠雪があったばかりの冬の北海道で、下りの山道で息が切れるなんて。
いつの間にか、熊を気にしている余裕はない。

きっとこのまま、海岸まで下っていくのだろう。

暑さに思わず上着を脱ぐと、
「気持ちいい山道だね」
私の前を歩いていた彼が言った。

気持ちいい?
こんなに大変だと思ってたのに?

思わぬ彼の言葉に、一息ついて周りを見渡してみる。
踏み荒らされていない山道は、歩きづらさはあるけれど確かに気持ちがいい。
「来て本当によかったなぁ」

上着を脱いだから、ひんやりした風が通り抜けていくのが気持ちいい。
深呼吸をした。

彼の言葉がなかったらきっと。
滑らないようと足元ばかり見て、いっぱいいっぱいのままだっただろう。

ふと後ろを見ると、女の子が道を塞ぐ丸太をまたいでいた。
スマホをポケットから出すと、撮られていたことに気づいた彼女と目が合う。
彼女も楽しそうだ。

私ばかりが大変に思ってたらしい。
同じことをしても必ずしもみんな同じ気持ちだとは限らない。

二人の姿に、旅は道連れという言葉が浮かんできた。
20年前から、時間を見つけては四国を歩いて回っている。
よく人から「一人で行くの!?」と聞かれるけど、ずっと一人がいいと思っていた。

だって、好きな時に休めるし、そもそも歩くペースが違う人と何時間も一緒に歩くのはお互い気を使うだけだと思っていたから。
特に山道は大変だから、誰かと一緒に歩くことはあまりしたくないと思っていたし、どこか旅行するにもたいてい一人だった。
だってその方が、好きに行動できる。
気楽でいい。
ずっと、ずっと、そう思っていた。

でも。
誰かと一緒っていうのも楽しいのかもしれない。

旅しながら各地をアルバイトをして初めて、誰かと一緒に住んだり、こうやって行動することを経験した。

誰かといると、一人だったら起きなかっただろうイベントが起きる。
予想外のことに巻き込まれていくのも、案外楽しいと思っている自分がいる。
シェアハウスだって、自分にはできないと思っていたのに、やってみると思ってるのとは違うことを知った。


「一人だったら、いや、私たちだけで彼がいなかったら絶対見れない景色だったね」

岩屋観音に着いた私たち。
穏やかな波が打ち寄せる浜辺はとても静かで、夕陽が美しい場所だった。
こここそ秘境では? 歩いてきたというよりは半分滑り下りてきた道を思い出しながら考えた。


一人旅では知りえなかった景色、価値観を教えてもらった。
旅は道連れ、それも旅バイトの魅力のひとつなのだろう。

「さ、下ったってことはこれから上りだな」
と、秘境駅までの帰りを急ぐことにしたのだった。



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