見出し画像

「そんなことないよ」待ち VS 自意識

人の愚痴や相談などを聞いていると
「そんなことないよ」
と声をかけざるを得ない状況になることが多い。

でも私は、なるべくそのフレーズを発したくない。
なので、相手が本当に深刻に困っていると思えない場合は

「えー、そうなんですかぁ?」「なぜそう思うんですか?」
「同意は出来ませんけど、あなたはそう思っているんですね」
などと言うようにしている。

親しい友人に相談を持ち掛けられた場合は
「”そんなことないよ″ってはげませばいいパターン?」か「正直なアドバイスが欲しい系?」と事前に聞くことが多いので、前者の場合は引きつった作り笑顔全開で”そんなことないよ”を連発して嫌な顔をされるし、そんなことないよの言葉が欲しい友人はそもそも私には相談してこない。

そう、私はオトナとしての余裕がない。人間的に(経済的にも)年相応の余裕がない。

いつもイライラしているつもりもないし、怒りっぽいと言われたこともないし、裏垢で問題発言もしていない。が、この「そんなことないよ」への耐性が極端に低い。

この、そんなことないよ耐性の低さが、自分自身の言動にも影響を及ぼしている。私は変なところで”フェア”であることへのこだわりがあり、そんなことないよと他人に言いたくないあまり、自分自身、軽い愚痴を吐くことにもかなりの抵抗を持ってしまうのだ。

会話の流れで、自分の発言が、つい愚痴っぽい展開になってきた途端に私の”そんなことないよ”センサーが反応する。これって相手にそんなことないよと言わせてしまう展開になってきてないか?とか、センサーが遅れて反応した場合は、いまの自分ってそんなことないよ待ち状態なのでは?!!などと焦ってしまう。そんなことないよと自意識の間で疲れてしまうので、悩みを人に相談することはめったにない。

残念ながら私は、甘ったれたことを言ってくる奴やマウントとりたい欲丸出しな奴とかに言ってやる”そんなことないよ”は持ち合わせていない。

甘ったれた奴もマウント取りたい奴も、ストレートに言ってくるなら問題ない。私から”そんなことないよ”というフレーズを引き出そうとしてくる手法が気に食わない。そんな回りくどいことをしてくる奴には死んでも言いたくない。わたしの”そんなことない”はそんなに軽くないのだ。

かといって、心の中で舌を出しながらやさしい顔で「そんなことないよ」というのが大人のふるまいだとは思いたくない。

アルカイックスマイルをたたえ、心は無で「そんなことないですよ」と優しくささやく。それが理想。

まずは、飲み会でどうでもいい相談を深刻に語り、周りに気を使わせる奴に「出たよ、そんなことないよ待ち!」と無神経に言える自分をとりあえず抑える訓練から始めたい。

※本心から「そんなことない」と発言することは少なからずあります。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?