国内初のGGAP取得酪農家が実践する科学的に面白い酪農
今回取材したのは、北海道の中でも特に酪農が盛んな町、別海町にある酪農家。アットファーム株式会社代表の田中傑(たなか・すぐる)さんにお話を聞いてきた。
田中さんは「酪農には科学的な面白さがある」と話す。酪農未経験の筆者は、「酪農と科学とは異なる分野だ」というイメージを持っていた。一体、酪農の科学的な面白さとはどういうことなのだろうか。
品質の世界基準!国内初のGGAPを取得
アットファーム株式会社は、2018年12月に、国内で初めて、農産物の生産工程の安全性を確認する国際認証GGAP(Global Good Agricultural Practices)を取得した農場だ。
GGAPは、環境負担の少なさ、エサのトレーサビリティー、労働者の教育、衛生管理など、様々な項目を満たす牧場に与えられる認証である。
「世界を舞台に闘える品質を誇る酪農業」を評価されたことは、海外輸出や、オリンピック選手村への食材提供などを目指すアットファーム株式会社にとって、大きな意味がある。
”牛を群れで飼う”
そこに、酪農の科学的な面白さがある!
田中さんは、大学時代に酪農の奥深さを実感したという。「酪農は、スポーツと同じで精神論でなく科学的な要素が多い。もともと数学とか、理科が好きな方だったから、結構合うなと思った」と語る。
そもそも酪農は幅広い分野を学ぶ必要がある産業だといえる。例えば、牛の体調を管理するためには獣医学や栄養学、行動学を学ぶ。また、牛が快適に過ごせる環境をデザインするために、建築学を学ぶこともある。
その中でも田中さんが特に面白いと思うのは栄養学だ。
アットファーム株式会社は、現在600頭の牛を飼育し、将来は1,000頭規模を目指している。多くの牛を飼うために、彼らがとるのは、建物の中で牛を放し飼いにして飼う「フリーストール方式」である。
そんなフリーストール方式の特徴は”牛を群れで飼う”ということだ。
牛を群れで飼う時、一頭の体調の悪い牛がいたとしても、その一頭だけ特別に扱うことはしない。
では、どうするのか。
群れ全体の平均的な様子を見るのだ。
例えば、エサの与え方。多くの牛を飼っていると、一頭一頭それぞれに合わせたエサを与える事は出来ない。そこで、群れ全体の傾向を見て、平均的な牛に合わせてエサを配合するのだ。
しかし、どれだけ栄養学的に正しくエサを設計しても、牛の反応は思い通りにならず、調子が良くなったり、悪くなったり、最適なエサの配合(=理論)と結果のズレが生まれてしまう。
この理論と結果のズレを埋め、より良い生乳生産を目指して、牛の管理方法・管理技術を日々探究し続ける。牛の管理の難しさ、その奥深さに酪農の面白味があると田中さんは言う。
理論と結果のズレを埋めようと試行錯誤する田中さんの姿勢こそ、アットファームの強みであり、世界基準の品質を生み出すことに繋がっている。
外部の若者を巻き込んで、酪農も地域も維持発展させていきたい
最後に、田中さんの酪農や地域に対する想いをうかがった。
「酪農の町である別海町において、もし酪農が無くなってしまったとすると、町がどんどん縮小していく。このまま酪農が衰退すれば、地域の学校が無くなってしまう可能性も高く、別海町は不便な場所になってしまうことが明らかだ。だからこそ、酪農の規模拡大は会社のためにも地域のためにもなるので、どんどんやるべきことだと思う」
と田中さんは語る。
また、酪農の規模拡大に意欲のある若者を、外部から受け入れたいという。
「それは、地元でずっと酪農をしているとどんどん視野が狭くなって、地域や酪農業界など牧場外にまで意識が回りにくくなってしまう。外部から来た意欲のある若者の方が先入観がなく視野が広い」と田中さんは言う。
だからこそ、未経験であっても、本気で酪農の維持・発展に意欲のある若者を受入れたいという姿勢を示す。
そのために、アットファーム株式会社では新築3・4年の寮や自動車の完備、酪農初心者向け勉強会の開催、役員や社長になるチャンスの提供など、未経験でも活躍できる環境をしっかり整えている。田中さん主催の勉強会は、アットファーム株式会社ならではの取り組みの一つで、最近では群れで牛を飼うためのデータの見方を学んでいるそうだ。
あとがき(編集部:荒川)
終始淡々と質問に答えて下さった田中さんの表情が動いたのは取材中たったの2回。1回目は、酪農の成績が後輩農家に負けるのが悔しいと話した時。普段は冷静で、基本に忠実に理論と結果のズレの原因を探究している田中さんの、胸に秘めた熱い想いを垣間見た瞬間だった。2回目は従業員の私生活について話した時だ。「関西出身の従業員の1人が遠距離恋愛をしているが、関西空港と釧路空港を結ぶ格安航空があるから、便利だよ(笑)」と語る田中さんの表情からは、従業員への愛情がにじみ出ていた。