ぼくとセイ・ウンス・スカイ
まだ昇りきっていない陽光が海を照らす。朝靄に纏わりつかれたその光景はてらてらと輝いている。自宅を出たときは涼しく感じたが、浜へ向かって歩いていると薄っすらと汗をかく。つまるところ…
「釣日和だ」
そう言って手頃なテトラポットの上に道具を広げたのはこのような時間の釣りを日課としているセイ・ウンス・スカイである。
釣餌となる磯虫を探していたときそれは目についた。
「ウミウシ?」
平生を保つためとりあえず言葉を吐いたが頭で判断する限り形状は似通ったものの大きさから見てそれではない。恐れから遠慮するように釣り竿の先端でそれを突つき正体を測る。
「ゴース、あるいはゴスム…」
するとそれはふるふると震え砂の中より這い出した。しかし最初に見えていたのは一部であり、火のついた導火線のように徐々に姿を現して例えのままで言えばその爆弾はおおよそ20mほど先で声を上げた。
「エクスタシーーー!!」
人だ。では先程の巨大なウミウシはというとその人の股間部に繋がっている。
おお。デカチンである。例えるならばデカチン。デカチンの人である。
「ムム。寝過ごした。もう陽が昇っているではないですか」
唖然としているセイ・ウンス・スカイに彼はずんずんと近寄ると、寝起きとも思えぬほど朗らかに笑いながら礼を言った。
なんでも彼は陽が昇る前にここを発つつもりであった、というところは理解できたがデカチンで砂を掘り自身を埋めることが出来るか。とか、デカチンをどのようにすれば一番快眠度が高いのか。とかを試行錯誤しているうちにすっかり疲れ果て、すっかり大眠りしてしまったと言う。そのままでは寝惚けてしまったであろうところをセイ・ウンス・スカイによって救われたのだ。というのが彼の弁である。
呆気にとられ空返事のセイ・ウンス・スカイの肩をばんばんと叩いた彼は勝手にひとりごちて「よし」と言い、海へ歩を進めた。
さて、彼はデカチンの一部を動かしつつ、たまに抱えては折り曲げつつ。あっという間に出来上がったのは1艘の舟であった。かつて辞書を舟に例えそれを作り上げることを『舟を編む』と呼んだ小説に感嘆したものだが、デカチンで編まれた舟もまた「おお」と感嘆の声を上げてしまうものである。
彼はふうと一息吐き振り返ると
「では!」
そう言ってデカチンを海に浮かべ、その上に自身の脚を乗せ、かつデカチンの先端部分をオールとして大海原へ漕ぎ出した。
セイ・ウンス・スカイは浜で見つけた異物を怪しげに突ついていた数分前から5cmも動かず、釣り竿も持ったままで彼の背中をただただ見つめていた。そろそろこの数分で起きた自身の価値観を超越する数々の出来事を反芻できるようになったか、というころ沖に辿り着いたくらいの彼が急に振り返り叫んだ。
「そうだ!君!お礼を忘れていたね!!」
そう言ってデカチンの先端を海へ差し込み気合一閃。
「デカチンデカチンデカチーーン!!!」
クジラ。真っ先にそう思った。
濡れた体躯が陽で輝き、大波のような水しぶきが舞い散る。まるで飛び跳ねたクジラのようであったのだ。
わあと子どものような笑みを浮かべてしまう。デカいっていいなあと素直な気持ちを抱く。クジラ。花火。デカチン。こんなに心が踊るものが他にあるだろうか。いや、ある。バカバカしい映画だと思ったのだが実際目の当たりにするとここまで凄まじいものなのか。そう。魚の竜巻。
デカチンが大量の水を巻き込み、そこに爆発的なエネルギーを与えることで生まれた局地的な竜巻。それに巻き上げられた海の魚たち。デカ・ネード。あのデカ・ネードが眼前に迫り間もなく弾けた。
セイ・ウンス・スカイが我に返ると、辺りは浜に打ち上げられた活魚の山。
「大漁を!!」
彼は再び水平線に向かって漕ぎ出し、間もなく視認できなくなった。
セイ・ウンス・スカイが彼の名を知るのは少し未来のこと。船橋を歓声で荒らす大竜巻。
− サクラ・デカチンオー −
スプリンターズステークスが、くる。