AI時代のマーケティング経営 (2025年 年頭所感)
AIの進化で、マーケティングの定型業務やデータ解析は大半が自動化される一方、より重要度を増すのは「人間だからこそ発揮できる力」だと思います。それは私がマーケティングは経営であるというスタンスであり、知識やフレームに溺れたり、打ち手の美しさを競ったりするのではなく事業を成長させ続けることこそが最上位であるという価値観に基づいています。
前提として、私自身がAIという時代の変曲点で変化・進化できないと5年後仕事が無くなるというレベルの危機感でいるので年末年始はずっとAIを使い倒し解像度を上げる中で書いたものです。
定型的な作業、短期的な数値最適化、仮説出しは容易になる反面、リスクを取った新規施策や独創的な戦略こそが差別化のカギとなります。沢山の答えの中から正解を探す「強い意思決定」と正解に導く「組織全体を動かすリーダーシップ」が重要だと考えます。
そうした時代でマーケターが生き抜くための私なりの考察を2025年の年頭所感として書いていきます。広告主側のCMOと支援会社のCEOを同時進行しているからこそ見ている景色だと思っており、何かの参考になれば幸いです。
クリエイティブの本質を捉える洞察力
大規模プロジェクトを俯瞰するプロデューサー的視点
リスクテイクと投資回収を天秤にかけながら大胆に動く意思決定力
成功パターンをチームや組織に埋め込む仕組み構築
といった領域が、ますます人間マーケターの活躍の場になるでしょう。AIを使いこなすだけでなく、その分析結果をもとに何を決めるか、どう組織を動かすか。まさに「経営者の視点」と「実行力」を併せ持つマーケターこそ、これからの時代に欠かせない存在となっていくのでないでしょうか。
以前、マーケジンでファミリーマートCMOの足立光さんとの対談でマーケターの仕事は3つあるという話をお聞きしました。
その3つの大きな役割は今までもこれからも不変であると思いますが、考えないといけないことは大きく変わっていきます。AIによって、その3つがどう変化していくかの私なりの考察を書いていきたいと思います。
1. お客様の心に影響を与え、結果的に行動を変えること
1-1. 作業的・平均的なコミュニケーション施策の自動化
(1)AIが定型的なコピー作成やターゲティングを自動で最適化
AIエージェントは、顧客データ・閲覧履歴・SNS投稿など膨大な情報を学習し、ターゲットごとに最適化されたメッセージやクリエイティブを即座に出し分けることが可能になっています。たとえば、リターゲティング広告やメールマガジンのパーソナライズなどは、「誰にいつ、どのタイミングで、どのメッセージを出すと最もクリック率が上がるか」をAIが瞬時に判断するため、人間が行うよりも精度が高く、作業時間も大幅に削減されます。
(2)高速かつ大規模なA/Bテストで施策を洗練
従来はマーケティング担当者が仮説を立て、少数のパターンを試しながら結果を分析していましたが、AIがA/Bテストをほぼリアルタイムで回し続けることで、想定外の仮説や新たなインサイトを見つけることができるようになります。これは私が推奨し続けている「投資の前に検証を小さく行う」戦略とも親和性が高く、AIが自動化することで試行回数や検証スピードを飛躍的に高められるわけです。
1-2. 人間が生み出す“クリエイティブ”とブランド世界観の重要性
(1)“平均ではない”アイデアや新規コンセプトを創造する
AIは既存のデータや過去の成功事例を分析することが得意ですが、まったく新しい価値観や“破壊的なアイデア”を生み出す際には、人間による発想が不可欠です。広告クリエイティブであれば、「なぜそのビジュアルやストーリーが人の心を動かすのか?」という文脈や文化的背景の深い理解が必要になります。マーケティングにおいて最も重要な“顧客に選ばれる理由”は、単なるアルゴリズムの最適解だけでなく、情緒・世界観・共感など定量化しづらい要素も大きいのです。
(2)社会や顧客の“潜在意識”へ訴求するブランディング
選挙活動、人事採用、社内変革なども含め、「人の心を動かす」ためには、論理的なアプローチだけでなく、ビジョンや信念、物語性などを掲げて“共感”を得る必要があります。AIは最適な訴求タイミングやチャネルをサポートできますが、「そもそもどんなメッセージを核にするのか」「それがブランドの理念・カルチャーと整合しているか」といった設計は、人間が最終的に判断し、意思決定する領域として残り続けるでしょう。
1-3. “投資回収”思考との掛け合わせ
(1)心を動かす施策でもROI(投資対効果)は見逃さない
「PLが改善しないなら、そのマーケティング施策は意味がない」と私は考えています。“感性的な訴求”も何らかの形で効果測定を行い、投資回収の見込みを計算します。AIはここで大量の定量データを提供しつつ、人間が「どのタイミングで大きく賭けるか」を見極めるのが理想です。
(2)小さく試す→勝ち筋を大きく伸ばす
AIがテストを繰り返し成果を可視化してくれるため、意思決定者であるマーケターは、勝ち筋が見えた瞬間に「一気に予算を投下してスケールする」という判断をスピーディーに下すことが可能です。私がラクスルで行った「地方でまずCMを打って検証→首都圏に投入」というステップを、AI時代ではさらに細分化・加速できると考えられます。
2. “Do everything which directly or indirectly” —— なんでも屋・プロデューサー的役割
2-1. AI時代でも増える“拾い仕事”と未知の課題
(1)部署横断・複雑なアライアンスでの調整役が不可欠
AIがプロジェクト管理ツールとして進化し、スケジュールやリソース配分の“最適解”を出してくれる時代になっても、新規事業やイノベーションが起きる際には「従来の部署ラインに属さない仕事」や「組織の壁を越えたコラボレーション」が必ず発生します。ここを見落とすと“ブラックボックス化”し、誰も手をつけないタスクが山積みになるため、幅広い視点で何でも拾う人がいるかどうかが、事業成功のカギを握ります。
(2)人間同士の利害調整やモチベーション維持はAIに任せられない
チームビルディングやモチベーション管理、上層部との折衝などは、単なる数値で割り切れない“人間関係”が密接に絡むため、現状のAIでは容易に代替できません。特に新しいプロジェクトや部署を横断する取り組みでは、共通言語を作り、皆が納得できるゴールを設定しながら仕事を回す“プロデューサー力”が価値を発揮します。
2-2. プロジェクトマネジメントの高度化
(1)AIの提案を踏まえた“最終判断”を下す人材
スケジュール管理、予算推移、タスク割り当てなどはAIがかなり正確にサポートしてくれるようになります。ただし緊急トラブルの優先度や、複数のステークホルダーとの合意形成など、プロジェクト全体の舵取りは依然として人間が担うべき領域。私が信念にしている「会社のお金を自分の財布だと思う意識」がここでも重要で、限られた予算や人的リソースをどう振り分けるかは、トップクラスの意思決定能力を要します。
(2)成功パターンを組織に根付かせる仕組みづくり
成果の“再現性”を高めるには、ただ個人が優れた判断を下すだけでは不十分で、PDCAを組織全体で回し、成功事例を標準化していく必要があります。AIによって進捗可視化やレポート作成が自動化されれば、担当者同士でのナレッジ共有や検証サイクルがさらに活性化します。しかし、そのシステムを導入し運用ルールを整備し、現場に根付かせるのは、やはり“なんでも屋”としての実行力がある人間にしかできません。
2-3. 新しい領域・市場への積極的な挑戦
(1)AIでは対応しきれない“未知の領域”を開拓
企業が新市場や海外展開など、まだデータが十分に蓄積されていない領域へ乗り出すとき、AIの予測精度は落ちます。未知領域ほど、蓄積データが少なく、初期段階でのリスクテイクが必要だからです。“Do everything”という姿勢が求められるのは、正解がわからない状況でも主体的に行動し、学びながら前進するためです。
(2)大規模連携におけるプロデューサーの価値
社内だけでなく、他社や業界団体、行政との協業など、利害が錯綜する大規模プロジェクトが増えるほど、AIでは割り切れない政治的・文化的要素が絡んできます。その中で「どう利害調整し、全体最適を図るか」はデータでは決められない部分。ここに人間ならではのファシリテーション力やコミュニケーション力が生きるのです。
3. 経営者の視点で、利益や成功を継続的に再現できる仕組みを作ること
3-1. AIがもたらす高度なPDCAとリアルタイム可視化
(1)売上、認知度、LTVなどをAIが常時モニタリング
「ここ数ヶ月の認知度推移」「テレビCMを流した地域の検索ボリューム増減」「離脱率が急上昇しているセグメント」など、AIは人間よりもはるかに多くの指標をリアルタイムで観測し続けます。異常値を即座にアラートし、改善施策候補を瞬時に提示してくれるため、意思決定者は必要な情報を常に“見える化”した状態で、戦略を微調整できます。
(2)データに基づく意思決定→最終的な“投資判断”は人間が行う
競合を出し抜いて大きな成果を上げるような「大きな投資を一気に行うかどうか」は、AIがいくらシミュレーションしても、最終的なリスクテイクは人間の判断に委ねられます。経営者やCMOが持つ“経営感覚”や「ここで一気に勝ち筋を押し通す」という度胸こそ、マーケティングを経営レベルで動かすうえで欠かせない要素といえます。
3-2. 組織づくり・プロセス設計における人間の役割
(1)属人性を排し、誰でも成果を出せる仕組みの構築
成功パターンを明文化し、組織全員が共通言語として扱える状態を作り上げることが重要です。AIはデータ蓄積やナレッジ抽出をサポートできますが、「この情報をどう活用し、どんなプロセスやチェックリストとして落とし込むか」を設計するのは人間の役目です。法務やブランドガイドラインをどう遵守するかなど、企業文化に深く根差した部分は特にAIでは扱いきれません。
(2)長期視点と短期指標の両立
AIは短期指標(CTRやCVRなど)を最適化するのが得意ですが、ブランド育成や組織カルチャー改革といった長期施策は、単純な数値だけでは測りづらいものがあります。ここで必要になるのが、経営レベルでのバランス感覚です。“会社を勝たせる”とは、短期間の売上増だけでなく、上場や次の新規事業など、数年先を見据えた企業価値の向上を含みます。AIのレポートを活用しながら、それでも長期投資を選ぶかどうかを判断するのが、マーケターのリーダーシップの見せどころでしょう。
3-3. マーケティングと経営の一体化がさらに加速
(1)“マーケティングは経営そのもの”という世界観の定着
AIの進化で、マーケティングは細分化・高度化される一方、「顧客価値を高め、企業をどう成長させるか」という本質はどこまで行っても経営課題です。「投資回収の計算と企業価値向上の考え方がなければマーケティングではない」と強調してきましたが、AIが運用の多くをカバーすることで、マーケターはより純粋に経営的課題に時間を割けるようになります。
(2)大きく賭けるリーダーシップと組織マネジメント
私がラクスルで徹底的にやってきた、「大量のデータを分析し、小さく試し、勝ちパターンを見極め、最後に大胆に投資する」流れは、マーケティングを経営レベルで推進する際には引き続き重要なモデルだと思います。AIの登場でスピードと精度は格段に上がりますが、「本当にリスクを取るかどうか」という最終決断や、組織全員の意志を束ねる力は、人間のCMOや経営陣が発揮すべき役割としてより一層重要となっていくでしょう。
まとめ
お客様の心を動かし、行動を変える役割
AIが大量のデータを駆使し、定型化されたコミュニケーション施策を自動化・最適化する一方、
まったく新しい価値観を提示するクリエイティブ力や、心に深く訴求するブランド構築は人間が担う。
「投資効果の見極め」も、AIの分析を活用しながら最終判断は人間が行わないといけない。
“Do everything which directly or indirectly” —— プロデューサー・なんでも屋の役割
部署横断や新領域のプロジェクトでは、AIが提示する最適プランを基に、未知の問題や人間同士の利害調整を“拾い上げて解決する”必要がある。
成功パターンを組織に浸透させ、“再現性”を高めるための仕組みづくりはAIだけでなく、人がマネジメントし、運用ルールを定義することが大切。
経営者視点で、利益や成功を継続的に再現する仕組みを作る役割
AIによるリアルタイム可視化・高速PDCAが可能になり、短期的な成果は得やすくなる半面、長期的なブランド価値や組織カルチャーの構築は依然として“経営判断”の領域。
「企業価値を高める」うえで、最終的なリスクテイクや投資判断、組織づくりといった大枠の舵取りはマーケターが経営陣として率先して行う必要がある。
AI時代のマーケターが経営にインパクトを出すためには、ただアイデアを生み出すだけでなく、投資と回収を常に意識し、データを“結果に直結する意思決定”に活かす必要があります。また、同質化が進みやすい環境下でも、自社ブランドの“核”を守りつつ、リスクテイクと小さな検証を繰り返すことで新たな差別化ポイントを見つけることが可能です。さらに、部門横断の連携やガバナンス体制をしっかり整えれば、経営からも信頼を勝ち得る存在となり、本当の意味での「マーケティング経営」を実現できるでしょう。
AI時代は私が人生の目標としている「マーケティングの民主化」を近づけていくものであると確信しています。この時代の変曲点で成果を出し続けられる人間であるために私も精進し続けます。