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断片的な、大切なものたち 【カラモジャ日記25-01-18】
砂ぼこりが舞い上がると、思う。
きっと土の中で巨大ミミズがくしゃみをしている、と。
両手で顔を覆い、目をできるだけ細めて、砂の波が去るのを待つ。
目はバンパイヤのように赤く充血し、髪の毛は高級タワシのようにガシガシになり、鼻水は熟れたバナナをすり潰したかのように茶色く染まっている。
僕はカラモジャに戻ってきた。
* * *
農業ではいくつかの村の住民たちが、いつもそうするように、農作業に励んでいた。
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ウガンダでは皆、クリスマスを盛大に祝う。普段は食べない米や肉料理を食べたり、洋服を買ったり。とにかくお金が必要だ。それを見越して、クリスマス前には各グループが野菜栽培によって得られた収入を分配していた。
「クリスマスはどうだった?」とナムヤが訊いた。
「悪くなかったよ」と僕は言った。
「日本は暑い?」
「とても寒い」
そこでなぜか笑いが起きる。どう面白いのかは、いつもわからない。
「野菜の収益はどうだった?」と僕は尋ねた。
「Ejok noi (Very nice)」とナムヤは答えた。
彼女は野菜栽培で4,000円程度の収入を得ていた。
「クリスマスには美味しいものを食べて、残ったお金で雌鶏を買ったの」
「卵を食べるのかい?」
「卵は食べないよ。雄鶏がいるから増やすんだ。鶏は良い。育てるのが簡単だから。鶏が増えるのは、ちょうどヤギが増えるようなものよ」
カラモジャでは家畜の所有に至上の価値を置く。それが彼ら、彼女らの自尊心を支えている。でも鶏とヤギは、ずいぶん違うような気もする。
「鶏はヤギに比べたら随分小ぶりじゃないかな?」と僕は尋ねた。
ナムヤは遠慮がちに笑った。
「鶏の方が現金に変えるのが簡単なのよ。たとえば子どもが病気になって医者に診てもらう必要がある時、緊急のお金を捻出するためには鶏を売ればいい。ヤギはすぐに売れない。だから鶏は大切なの」
なるほど。面白い。
野菜栽培という一つの商売に頼らず、鶏の飼育も始めたナムヤ。収入源を多様化することで、彼女は巧みに暮らしの中のリスクを分散させている。
「鶏が増えるといいね」と僕は言った。
ナムヤの顔には小さな笑みが浮かんだ。
* * *
また別の区画に足を踏み入れると、別のグループが立派に実ったトマトにナス、そしてタマネギを収穫しているところだった。
「Good morning Yuki」とサラが言った。
3ヶ月も会わない間に、サラの英語は着実に上達していた。
「Good morning Sarah」と僕は言った。「英語の勉強、頑張ってるんだね」
サラは僕が近づくと、恥ずかしそうに目を逸らし、トマトの収穫を続けた。自信を持てば良いんだ、君ならできる、と僕は心の中で言った。
スーパーマリオが土管からジャンプするように、いやっふーと叫ぶ男がいる。お調子者のロベレだ。身長が2メートル近くある彼が農地に立つ姿は、太陽の塔のような迫力を放っている。
「ユウキ、写真をとってくれ!」
まだ黄色い両手にトマトを握りしめた大男が叫びながら走ってくる。太陽の塔は両手を斜め上に上げたままで、走ったりしない。しかしロベレは手を大きく振って走る。愛おしいやっちゃな。
僕は陽光を目一杯浴びて輝く男の顔にピントを合わせた。シャッターに手をかけると、ロベレは大きく笑った。
前歯がない。
「ロベレ、君の前歯はどこに行ったんだ?」
僕は思わずカメラを下ろして尋ねた。この間まではあったはずの一本の歯。ちょうど真ん中の一本だけがテトリスの隙間のように目立った。
「バイクで事故ったんだ、気にするな!」
「バイクで事故った?」
どんな事故を起こしたら前歯一本だけが綺麗に飛ぶんだろうか? 考えたところで仕方がないと思い、僕は考えるのを辞めた。そしてもう一度ロベレにピントを合わせ、彼の笑顔を記録した。
* * *
農場の端では、出荷前のナスを仕分けする女性たちがいた。
「ユウキも手伝いなさい」とエバリンが言った。
僕はその場にしゃがみ込み、彼女たちに続いて、立派な紫のナスと虫食いにあったナスをそれぞれの籠に分けていく。
その中に、黄色く染まった硬いナスを発見した。
「このナスはなぜ黄色いんだ?」
「強い太陽の日差しよ」
「食べられる?」
「ユウキにあげるよ」
おいおい、だいぶ黄色くなっているけど、大丈夫なのか? 僕は黄色いナスを持ち上げ、重さを確認するように手の中で少し動かしてから、エバリンに返した。
「今日は遠慮しておくよ」
するとエバリンはもう一度ナスを僕に手渡す。どうしても僕に渡したいみたいだ。そして彼女は中立的な笑みを浮かべて言った。
「このナスはユウキに似てるんだ」
僕に似ている?
「よくわからないけど、どんなところが似ている?」と僕は興味本位で尋ねた。
「まず顔の形よ。ナスみたいに縦に長い」
これは褒め言葉? 悪口? 表情に悪気はない。
「それにヘタのところが、あなたの髪の毛みたい」
これはツーブロックだ、ナスのヘタではない。
「それからね」
まだあるのか。
エバリンは嬉しそうに言った。
「色も全く同じ。あなたの肌はこのナスみたいに黄色い」
人によっては人種差別と捉えられてもおかしくない。
「前は私たちと同じ茶色だった、農作業してた時。でもしばらく日本に帰って、また黄色くなったんだ」
僕は不思議な気持ちだった。嫌な気持ちはしないし、良い気持ちもしない。ただ黄色くて縦に長いナスを僕と重ねる彼女の表現が面白かった。でも僕の表情は自ずと、渋いものになっていたのかもしれない。
「どうして、そんなに暗い顔する?」
エバリンが心配そうに訊いた。そして言った。
「大丈夫、またカラモジャにいれば茶色に戻るよ、God Bless You」
いや、そういうわけでもなかったみたいだ。
「God bless you too」と僕は笑った。
* * *
ここには、その土地の人々の暮らしがある。生業がある。文化がある。彼ら、彼女らが分けてくれるその一端に触れる時、僕はどうしても幸せな気持ちになる。
砂ぼこりは、相変わらず空気を読まず吹き荒れる。
農場ごと、僕らを飲み込んでいく。
耳をすませば、その中に生命の音が聞こえる。
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